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TORENDIA

赤倉

本文約1,200字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

妙高山麓の赤倉を訪れた著者が、静かな草原や湯の情景を通して都会の喧騒を離れ、心身を癒す様子を綴る。都会生活の焦燥や孤独に疲れた著者は、赤倉の野に広がる対数曲線の神秘や、山間の澄んだ空気、湯の感触に触れる中で自己を見つめ直す。本作は、北信の山々の移ろいや温泉での思索を軸に、自然と科学的な視点を交えながら、病後の心身が穏やかに回復していく過程を描く。

中谷宇吉郎

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🎧 赤倉 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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白樺の一本見えて妙高の

野ははろばろと雲につづけり

妙高のふもと三里の高原

赤倉の野は雲につづく

夕べ静かなるおもいを抱いて

わたしは野におり立って見る

茅の間に踏みわけられた径が

いつ迄も続いて

所々が灌木の叢にかくされている

風にそよぐ二本の白樺

そのたよやかな幹によれば

「肌は真白にわがおもいに似たり」と

北信の山に育った

友の言葉も浮ばれてくる

昨年の夏の初め

その友と妙高に登ろうと

径づたいに朝露の光る草原をいった

思い出がうつつよりもあきらかに

なつかしまれる

その帰途暮れゆく高原の奥

夕靄の彼方に洩れる赤倉の灯を

望んでから一年自分の心の底に

はぐくまれて来た赤倉の野に

今おり立って夕風を抱く

夏六月妙高の雪のかげには

寒竹の筍が生うると

宿の男のいうように

陽が落ちて

黒姫妙高戸隠と

親しみ多い北信の山々の頂きが

色褪せてゆくと

夕風が薄ら寒く肌にしみて

おぼろな落葉松の林から

郭公の声がこだまして来る

ふと見れば庭に捨てたる深山草

ゆうべの雨に蕾ひらけり

窓にひらく草原の

対数曲線のうるわしさが

わたしの心を和ましてくれる

軽いつかれを涼しい風に吹かせて

うっとりと窓に寄ると

ふと

須田町の電車に寄せる人の波が

いくつかの対数曲線に減ってゆくと

冬彦先生の言葉が憶い出される

須田町の雑沓満員の電車

都会人の焦燥と和みのない生活と

鋭い利己心ともっともらしい理窟と

高い矜持とあわただしい恋との

渦巻き返す都会人の生活が

赤倉の野の曲線と同じ法則に

支配されているということに

わたしは静かに神の神秘を感ずる

春寒の膝にしむ四月からの地下室の実験

疲労れたまなこに扉をあけると

外には星が燦めいて居る

愕いて家路につく大学裏の暗い道で

上野の汽笛を遠くきく時

脊の筋肉が汗ばんで軽い熱感を覚える

あれから二月

恐しい程弱り切った身と心

それをわたしはつくづくと思い見る

大いなる都会は大いなる孤独

人々はいずこにゆくか

わたしも亦どうして

焦燥の思いに身を削るのか

なぜもっと早く赤倉の野の闊さを見て

茅の生えた黒土の香をかがなかったのだろう

朝まだきに湯へゆくと

外のひややかさに硝子がくもって

立ち籠めた湯気の中に

牛乳色の朝陽がさす

今朝はまだ誰も来ないと見えて

唯一人の広い浴場の

人造石が白く乾いて

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