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TORENDIA

新しい生花

本文約1,100字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

枯枝にペンキを塗るなど、斬新な外見で流行する新しい生花について論じる。日本各地で見られるこの形式は、元来アメリカで機械文明に適応する人工的な環境の一部として生まれたものである。一方で自然との調和を重視する日本の伝来の生花とは根本的に性質が異なり、両者は背景となる環境や精神性が全く異なるため、優劣や単純な比較ができないものとしてその本質を綴る。

中谷宇吉郎

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この頃、新しい生花が、大流行のようである。枯枝にペンキを塗ったり、トタン板みたようなものをぶら下げたり、奇妙な形のしゃがれた枯木を使ったり、まことに人の意表に出たものである。

新しいものの好きな日本人には、この斬新な生花が、大分歡迎されているようである。北海道の田舍の小さい町へ行っても、よくこの種の生花が見られる。屋根はトタン葺、周圍は板張りのうす汚れた店先の小さいショウ・ウインドウに、アルミニウムの粉を塗りつけた枯枝が飾ってあるのを見ると、まことに妙な氣持になる。

もちろん老人たちや、舊い傳統の生花をやっている連中には、この近代生花は、まことに評判が惡い。ああいうものは生花ではない、というのが、定評になっている。事實、あれは、日本でいう「生花」ではないのであって「アメリカの生花」なのである。

日本では、この近代生花を、非常に新しいものと思っている人もあるらしいが、アメリカには、前からあったものである。材料などもアメリカのものと非常に似ていて、アメリカ生花の輸入といってよい。輸入された人は、アメリカ生花の良いところを、日本の生花に採り入れたと言われるかもしれないが、この兩者は調和融合というわけには行かないものである。

曲りくねった枯木に銀粉を塗ったものも、アメリカで見ると、そう可笑しくはない。とくに空港の待合室や、デパートの飾窓などで見ると、なかなか面白いと思うこともある。それは建物と、見る人の氣持とに、よく調和しているからである。アメリカと限らず、歐羅巴でも、いわゆる近代風な建築は、自然の寫しではない。天然にはない直線や楕圓の線を強く活かして、自然の中に人工の美を創る藝術である。そういう建物の中に住んでいる人間の精神も、自然人のそれとは大分ちがって來て、いわゆる近代人の型になっている。

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