寺田先生と銀座
本文約1,000字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
寺田寅彦が理化学研究所での研究の合間に通った銀座での日常と、当時高価な果物であったメロンを弟子たちと共に千疋屋で食べた際のエピソードを綴る。著者である中谷宇吉郎は、毎日決まった時間に銀座へ出かけ、食事や映画を楽しんだ師の素顔や、初めてメロンを食した際の緊張と戸惑い、そして皮の近くまで丁寧に食べる師の様子を通して、その気さくな人柄と当時の銀座の風俗を描き出している。
💰 この本を応援する(投げ銭)
寺田寅彦先生の連句の中に
春の夜や不二家を出でて千疋屋 という句がある。
「銀座アルプス」や「珈琲哲学序説」などでよく分るように、先生は銀座へよく出かけられた。
先生は、毎日のように、十一時半頃になると、実験室へ顔を出され、「ちょっと失敬」といって、銀座へ出かけられた。そして月か不二家で、ゆっくり昼飯を食べて、珈琲をのんで、銀座をぶらぶらして、三時頃にまた理研へ帰って来られた。後には、銀ぶらのかわりに、映画を覗くか、玉を突かれた。いろいろな映画論は、それから生れたのである。
先生と銀座については、妙にはっきりした印象が、一つ残っている。それは先生と、千疋屋でメロンを食べた場面である。考えてみると、もう三十年以上の昔の話であるが、メロンという西洋の非常に高貴な果物が、その頃初めて、千疋屋で売り出された。何処の帰りだったか忘れたが、或る夕方、二、三人の教室の連中と、先生につれられて千疋屋へはいった。
「何にしようか」と見廻すと、いろいろなものの名前を書いた白い紙片が、たくさんぶら下っていた。その中に「メロン五十銭」と書いたのがあった。メロンの名前は、もちろん知っていたが、それは遠い世界の話で、自分でメロンを食うなどということは、思いもつかなかった。だいたい五十銭という値段は、大学前の洋食屋で、毎日食べるランチの、二日分である。それで先生が「どうです、諸君、メロンを食べてみませんか」といわれた時には、思わずドキッとした。
持ち出されたメロンなるものは、厚さ一糎くらいの薄緑の薄片である。今から考えてみれば、ごく普通のマスクメロンを十六人前くらいに切ったものであった。しかしこの初めて見るメロンは、外側が浅い鮮かな緑色で、それが内側の橙色にとけ込んでいる様子が、如何にも美しく、また高貴に見えた。