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TORENDIA

淡窓先生の教育

本文約1,100字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

大分県日田にある秋風庵を訪れた著者が、広瀬淡窓の教育方針と門弟たちについて綴る。幕末の交通事情の中で全国から四千名もの門弟が集った事実に驚きつつ、肩書や就職を目的とせず学問を求めた当時の姿を描く。さらに、敬天を主眼とした人間教育を説き、現代の日本の教育理念と比較しながら、淡窓が追求した教育の理想的な形を考察する随筆である。

中谷宇吉郎

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🎧 淡窓先生の教育 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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先日、日田へ行く機会があったので、広瀬淡窓先生の旧屋、秋風庵を訪ねた。

広瀬淡窓の名前は、前から聞いていたが、機会がなくて、今までその人となりや教育方針のことなどは何も知らなかった。それで庵主古川老のお話は、非常に興味が深く、また大いに啓発されるところがあった。

門弟四千名、その中からは、高野長英、大村益次郎、清浦奎吾というような人々が出ていることも、もちろん特筆すべきであるが、それよりも驚くべきは、四千名というその数である。これらの門弟たちは、全国六十余州から笈を負って集ったもので、全然門弟の来なかった藩は、たしかに二つくらいしかない。青森地方、即ち南部や津軽からも、はるかに九州のこの僻地まで、数名の門弟が来ている。

幕末時代の交通機関のことを思えば、これはまことに驚くべき事実である。淡窓塾で、所定の学業を終えれば、学位がもらえて、それであと一生就職には困らない、というようなことももちろんなかったであろう。藩か大店かの「公費」で遊学したという学生も、絶無に近かったものと思われる。

門下生たちは、純粋に学問を身につけるために、千里を遠しとせず、九州日田の山地にまで集って来たのである。今日もし肩書や就職を全然度外視して、四千人はおろか、四十人の門下生でも集め得る教育者があったら、それは一つの奇蹟であろう。

ところで淡窓先生が、これら四千人の門下生に、どういう教育を施したかというに、今日のような技能的な教課を教えることは、もちろん出来なかった。遺された教育課程の中には、やや専門的な課目の名前もまじっているが、淡窓先生の真面目は漢詩人であって、その教育の大本は、敬天を主眼とした人間教育であった。

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