貝鍋の歌
本文約1,800字 ・ 読了時間 約4分
あらすじ(AIが作成しました)
ほっけと豆腐、昆布を使い、貝殻を鍋に用いる素朴な料理の魅力と、その調理法を綴る。北海での冬の夜、家族と囲んだ貝鍋の記憶を辿り、貝殻から煮汁に溶け出す成分がもたらす独特の風味について考察する。科学者の視点から、貝鍋の特殊な味の正体を物理的・化学的に解明しようと試みる随筆である。
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北海に愚魚あり
その名をほっけという
肉は白きこと雪片を欺き
味はうすきこと太虚に似たり
一片の三石の昆布
一滴のうすくちの醤油
真白なる豆腐に
わずかなる緑を加う
くつくつと貝鍋は煮え
夜は更けて味いよいよ新たなり
まだ子供たちが幼かった頃、うまくだまして、早く寝つかせた夜は、奥の六畳の長火鉢で、よく貝鍋をつついた。
住みついてみると、北海道の冬は、夏よりもずっと風情がある。風がなくて雪の降る夜は、深閑として、物音もない。外は、どこもみな水鳥のうぶ毛のような新雪に、おおいつくされている。比重でいえば、百分の一くらい、空気ばかりといってもいいくらいの軽い雪である。どんな物音も、こういう雪のしとねに一度ふれると、すっぽりと吸われてしまう。耳をすませば、わずかに聞こえるものは、大空にさらさらとふれ合う雪の音くらいである。
こんな夜は、長火鉢に貝鍋をかけ、銅壺に酒をあたためて、静かで長い夕食をとる。貝鍋の魚には、いろいろためしてみたが、けっきょく一番安くて、一番味のない、ほっけに落ちついた。
これは磯魚であって、鱈の子供が、親にはぐれて、陋巷にすみついたような魚である。北海道の日本海沿岸では、どこでも、いくらでもとれる愚魚である。太平洋岸でもとれるのかもしれないが、それはどうでもよい。
近海で多量にとれる魚であるから、少し気をつけていると、水から揚がったばかりのようなあたらしいのが、市場の魚屋などにもよく出ているらしい。細君は、みつかり次第買ってくるようであった。どんな愚魚でも、あたらしい魚はうまい。貝鍋に昆布を一枚しき、このほっけの切身と豆腐を入れ、せりか三つ葉の青味を少し加えて、湯でくつくつと煮る。味つけは、うすくちの醤油を数滴たらすだけ。
初めのうちは、淡泊というよりも、味もそっけもないといってもいいくらいの味である。この味のない肴をはさみながら、ゆっくりと酒をのむ。汁はまもなく煮つまってくる。銅壺の湯をたびたびさし、ときどき醤油をたらし込みながら、煮ていると、次第に味が出てくる。