TRENDIA CLASSIC

ツーン湖のほとり

中谷宇吉郎

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もう十年も前のことであるが、倫敦に留学中私はユニバシティカレッヂのポーター老先生の所へ繁げ/\出入りしてゐるうちに、一緒に瑞西へ行かうとさそはれたことがあつた。そして二週間許り、ポーター先生や引退した英国の老法律家夫妻と、ツーン湖畔のオーベルホッフェンといふ小村で暮したことがあつた。

ツーン湖のほとり、瑞西の夏は美しかつた。ホテルは小高い丘陵の上にあつて、ツーン湖面を真下に見下し、その正面にニーセンの嶺が聳えてゐた。上から見下した瑞西の湖は青碧の水をたたへ、晴れた日には、雲の影が[#「影が」は底本では「形が」]濃紫色に輝いて、湖面にうつるのであつた。湖畔のゆるやかな起伏の原は、鮮かな緑で蔽はれ、古城の白い塔が一つその中に立つてゐた。すべての色が鮮明で、周囲の風物は尽く私達が昔から持つてゐた「美しき欧羅巴」の姿であつた。

倫敦の生活に疲れてゐた私は、此処へ来て急に元気になつた。ホテルもよかつた。なだらかな斜面に建つてゐた三層楼といふ感じの此のホテルは、一階のバルコンから爪先下りの庭に続いてゐて、大きい噴水をめぐつて、色とり/″\の花が植ゑこんであつた。

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