TRENDIA CLASSIC

よき祖母上に

萩原朔太郎

🎧 聞ける化(音声で聴く)
朗読音声: VOICEVOX:青山龍星
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かの家の庭にさく柘榴の花、 あかるい日光の中にふるへる空氣のさびしみ、 年老いたる祖母上よ。 そこのじようろにて植木の苗に水をやり給へ、 そこにあるどの草木にも親愛の言葉をかけておやりなさい、 私は前栽のかげにたたずむ、 ちひさなぼけた犬小舍をみる、 かたむきかかつた木製の長椅子をみる、 ああ これら日光の中にちらばふ、もろもろの植物、諸道具、壁土、窓、物置小舍の類、 あかるくして寂しみある中庭の柘榴の花。 祖母上よ、 自然に息づくものの心に手をふれて、 あなたの遠い昔の夢をよび覺してください、 私はをさない子供で、 私の生活は小鳥のやうにいぢらしかつた、 祖母上よ、 なんといふやすらかさで、あなたはあなたの家に眠つてゐることか、 いつもあなたの心にうかぶものは、 をさなくいとけなき私の幸福、 あなたの遠いたましひの故郷で、 よめな、つくしの莖をかむ私のあかいくちびるです。 ああ いくとせもいくとせも前に忘れられたる人生の古い幻像です。 墓場の下の祖母上よ、 今日はまた力なき私の心によみがへり、 私の昔の庭にきて、茂れる青草に水をかけてやつてください、 ああ 古く乾からびた木製の椅子、 庭の隅にかたむける犬小舍、赤い柘榴の花、 祖母上よ、 なにゆゑに、なにゆゑに、かくも私の心は悲しいのか、 このさめざめとしてはてしなき冬の日のいまはしさ、おそろしさ、せつなさ、寂しさを、 墓場の下の祖母上よ。

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