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TORENDIA

特殊部落の言語

本文約2,400字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

特殊部落の人々が用いる言語は周辺地域と異なり、共通の音韻的特徴を持つ場合が多い。この独特な言語現象が種族の違いに起因するという俗説を、本書は否定する。言語は社会的な交際範囲や交通の頻度によって変化するものであり、特殊部落において独自の言葉が発達したのは、長らく普通部落との交流が断絶していた結果であると論じる。方言や訛音の発生原理を解明し、言語の差異が人種や血統によるものではないことを歴史的・社会的な観点から紐解く。

喜田貞吉

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🎧 特殊部落の言語 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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特殊部落の人達の口にする言語は、その付近の普通部落の言語と幾らか違ったところがある。そしてやや遠く離れた所であっても、他の同じ仲間の言語とは似ている場合が多い。例えばサ行の音もしばしばタ行に誤ったり、ダ行の音をしばしばラ行に誤ったりすることは、よく耳に立つところである。浪人をドウニンと云ったり、雑誌をダッシと云ったりなどする。六条村年寄の留書を見ると、辻子の事をよく「るし」と仮名書きしてある。斬罪役とあったのを後には断罪役と書き誤っているのさえある。先年朝日座の喜劇で女郎に溺れた番頭が艶書を朗読しつつ、「一度来てくらされ」の句に至って、「丸で穢多の様だ」と、満場の哄笑を買ったのはよいが、為に部落民の看客中から、抗議を持ちこまれたという話もある。そこで部落付近の人々は、よくその言葉によって部落民か否かを識別し、本来こんなに言葉が違うというのは何か種類が違う為であろうなどと、極めて手軽に判断してしまう事がある。よしやそうまででなくても、特殊部落の言語の違う事は何人も注意しやすいところで、「公道」や「明治の光」など、多くその部落の事を書いた雑誌を見ると、しばしば部落民の方言・訛音というものを拾い出して、普通部落の言語と比較したのが掲載されているのである。

なるほど特殊部落の言語が、付近の普通部落の言語と違うことのあるのは事実である。そしてそれをなるべく普通部落のと同じものに改めて行きたいという希望を自分は持っている。しかし特殊部落民の口にするところが、果してことごとく所謂方言訛音なるもののみであろうか。普通部落民の使っている言葉の方が、果してことごとく正しいものであろうか。それは一つ一つについて研究してみねば、軽々しく判断する訳には参らぬ。ただそれが間違いであろうが、無かろうが、多数について行くのが便宜だという点から、普通語に変えて行きたいと思うのである。

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