奥羽北部の石器時代文化における古代シナ文化の影響について
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あらすじ(AIが作成しました)
奥羽北部の石器時代遺跡から発見された石刀や土器、硬玉製の曲玉等の遺物が、先秦時代のシナ文化の影響を受けている可能性を論じる。特に青森県を中心とした津軽地方に独自の精巧な文化が発達した背景には、当時の大陸文化との交通が深く関わっていたと考察する。玉斧や扁鐘を模した土器、脚付盆といった新たな資料を提示し、北方文化が海路を経由して津軽蝦夷へ伝播したという仮説を提示しつつ、今後の更なる研究の進展を期待する論考である。
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昨年〔(大正一五年)〕一月発行の本誌〔(『民族』)〕第一巻第二号において、自分は柳田〔(国男)〕君の促しによって、「奥羽地方のアイヌ族の大陸交通はすでに先秦時代にあるか」という標題のはなはだ長たらしい、しかも内容のきわめて貧弱な一小篇〔(前章)〕を掲載して戴いたことであった。それはかつて同じ柳田君が『郷土研究』を発行せられた時に、同誌の同じ第一巻第二号において、ほんの少しばかりのヒントから秦人と銅鐸とに関する論拠はなはだ薄弱な考証〔9〕を発表したところが、その後続々それを裏書きすべき新資料が発見せられて、今では少くも自分限りにおいて、定説といってもよいほどの確信を得るに至ったので、自分にとってこのはなはだ喜ばしい嘉例を追うて、相変らずわずかばかりのヒントから、物好き気分半分に、デッチあげた奇抜な考説を発表して、他日さらにこれを証明するに足るの新証拠の、出現を待とうというくらいの小野心に過ぎないのであった。
しかるにその後一年ならざるに、この将来を祝福した自分の小野心は、果して続々新資料の発見によって、満足されつつある気持がするのである。すなわちここにそれを同好諸君の前に披露して、自分の稚気満々たる喜びをお裾分けしたいと思う。なんだそんなつまらぬ物がと思われるお方々は、御遠慮なく御叱正を賜わりたい。幸いにそれに共鳴せられるお方々は、どうかこれが材料を御提供くださって、研究の進捗を助けられたい。