TRENDIA CLASSIC

紫式部

長谷川時雨

1 / 4

八月九日、今日も雨。

紫式部をもととした随筆の催促が、昨日もあったことを思って、戸をあけてから、蚊帳のなかでそんなことを考える。

水色の蚊帳ばかりではない、暁闇ばかりではない。連日の雨に暮れて、雨に明ける日の、空が暗いのだ。それが、簀戸を透して、よけいに、ものの隈が濃い。

濡れた蝉の声、蛙も鳴いている。

今年は萩の花がおそく、芒はしげっているのに、雁来紅は色あざやかだがばかに短く細くて、雁来紅本来のあの雄大な立派さがない。

ふと、紫の一本が咲いているのが目につく。野菊ではない。友禅菊という、葉や、咲きかたや色の今めかしい品のない花だが、芒のかげに一叢になっているのは、邪魔にもならないのでそのままにしてあるが、初元結にはとてもおよばない。

初元結といえば、ずっと前に、もう物故ってしまった朱絃舎浜子が、これが、初元結だといって、一束の菊の苗をもってきてくれた。可愛がって育てると、葉は紫苑のさきの方に似て稍強く、スッとして花は単弁で野菊に似て稍大きかった。

その葉の色の青さ、その花の色の紫、それこそ春の山吹とともに、王朝時代の色をもった花だと見た。

その、初元結は、浜子のうちのも、あたくしのうちのも震災でどうなったかわからなくなってしまった。

浜子は源氏物語愛好者、娘時代から去年果てるまで、繰返し愛読していた。それも、ただ読流すのではなく、研究的に読んでいた。

けれど、わたしは、いつも忙しく暮しているので、年更けてから、用のほかはゆっくり話あった日がすくないので、どんな風に、あの物語につき、紫女について考えているかを聞洩してしまった。

初元結をもって来てくれた時分のこと、あたくしは彼女のことを、いかにも明石の上に似ているといったことを、書いたこともある。

それは、朱絃舎浜子の爪音が、ちょっと、今の世に、類のない筝の妙音であること、それは、古から今にいたるまでも、数少ないものであろうと思っていたし、性格やその他、明石の上にたぐえる人だったので、白粉ぎらいな彼女のことを、この明石の上はお色が少々黒いといったらば、上も浜育ちでしたろうと彼女は笑った。

長谷川時雨の他の作品