夏の暑さがつづくと、たべものも時に変ったものが欲しくなる。私はそうした場合、よくこんなものをこしらえて、自分自身の食欲に一種の満足を与える。
雪虎――これはなんのことはない、揚げ豆腐を焼き、大根おろしで食べるのである。その焼かれた揚げ豆腐に白い大根おろしのかけられた風情を「雪虎」と言ったまでのことである。もし大根おろしの代りに、季節が冬ででもあって、それがねぎである場合には、これを称して「竹虎」と言う――京都での話である。
これはまったく夏向きのもので、朝、昼、晩の、いずれに用いてもよい。まず揚げ豆腐の五分ぐらいの厚さのもの(東京では生揚げと称しているもの)を、餅網にかけて、べっこう様の焦げのつく程度に焼き、適宜に切り、新鮮な大根おろしをたくさん添え、いきなり醤油をかけて食う。
分量と器を、その場その場で加減し、注意さえすれば、単に自家用の美食に止まらず、来客に用いても、立派な役目を果たすのである。そして美味くできれば、その味、簡適にして醇乎、まことに一端の食通をもよろこばすことができる。なまなかてんぷらなぞ遠く及ばない。そして、これを美味く拵えるコツは、よい揚げ豆腐を手に入れることは言わずもがな、新鮮な大根を求めることにある。
錦木――京の木屋あたりで流連でもしたご経験のある方なら、先刻ご存じのもの。宵の遊び疲れで、夜の明けたのも知らず、昼近くなって、やっと重い頭を持ち上げ、
蒲団着て寝たる姿や東山 目前に加茂川の清い流れのせせらぎを耳にしつつ、どうやら眼の覚めて、用意の控えの座敷に直ったとき、にこにこ、ぞろぞろ這入ってきた紅裙さんたちの年頭が言う、
「お早うさん……」
の次は、直ちに、
「今朝、なんでまま(御飯)おあがりやす。今日は、あっさりと、錦木でままおあがりやすな」
とくる。この錦木でまま食べて、はじめて、ために心気爽然となるちょう代物なのである。