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TORENDIA

明石鯛に優る朝鮮の鯛

本文約1,800字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

昭和三年の朝鮮旅行で偶然出会った極上の刺身を通じ、著者は玄海灘を渡り日本近海へ回遊するタイの生態と、その美味の理由を考察する。朝鮮南端から日本各地へ流れる過程での産卵や遊弋、そして北陸で体験した季節限定のたい網漁との共通点を挙げ、地域ごとの食体験を辿りながら、魚の質を左右する環境や生活状況について綴る。各地の風土と海の幸への鋭い洞察を通じ、忘れがたい食の記憶と魚に対する独自の食味論を展開する。

北大路魯山人

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🎧 明石鯛に優る朝鮮の鯛 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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たいについて、京都、大阪で、子ども時分から聞きこんでいることは、玄海灘を越してきたたいでなくては美味くないということだ。玄海灘を通過してきたたいには、その骨にイボのような珠みたいなものができていると聞かされた。

私は昭和三年、朝鮮へ古窯跡の探査と、陶器原料の蒐集の目的で渡った。その時季がちょうど五月一日から三十日までであった。行程は朝鮮半島の京城から以東をおよそ全部旅行した。その折、太口面(康津郡)すなわち木浦から少し手前、康津で高麗青磁の窯跡を探って、たくさんの資料を蒐集し、帰途、岩礁の多い海岸に沿って、曲浦渚汀を、順天・馬山・釜山方面へと巡遊した。ところが、これらの地方で、はからずも非常に美味いたいの刺身をふんだんに食わされた。そのたいの刺身は、自分が今までに味わったことのある明石だいよりは、はるかに――とも言えるほど美味しいたいであった。

その後も、到るところで、そのたいを飽かず賞味して、感心させられることしばしばだった。実際、その辺に移住してきている内地人や、地元の人たちだけに食わしておくにはもったいないほどのたいであった。内地では容易に舌にのらないほどの逸品だからである。その美味さは今日まで忘れがたい。

元来、朝鮮は鳥でも魚でも一体に不味いところで、ことに京城にいた時代など、一度だって美味い魚を食ったことがなかった。昭和三年の朝鮮滞在中もたべものに難儀した。それだから魚らしい魚などないものと決めてかかっていた。馬山あたりで美味いたいが獲れるということなど、かつて耳にしたことがない。それがどうだろう、全く偶然、その美味いたいに、はからずも出会わしたものだからたまらない。意外な掘り出しものに驚いた。

そこで、このすばらしいたいが、一体どこへ売られて行くのか調べてみると、出漁先沖合いに下関方面から買い出し船がやってきて、その多くは内地へ運んで行くのだそうだ。

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