TRENDIA CLASSIC

昆布とろ

北大路魯山人

1 / 3

昆布とろというのは、昆布とかつおぶしの煮だしだけでつくるとろろ汁である。夏の朝、食事の進まないようなとき、あるいはなにを食っても口が不味いとき、またはなにも口に運ぶ気が起こらないときなどに、これをこしらえて熱い御飯にかけて食うと、まずは大概美味い美味いで、日ごろの三杯飯は、知らず知らず五杯飯になること請合いである。

製法は極めて簡単だが、美味しく食うことの根本は、材料の選択の如何である。昆布のことは、京、大阪では心配はないが、東京となると、どこにでもあるというわけにはいかない。

由来、東京人は昆布の味を知らない。だから昆布だしの味というものを解しない。従って昆布を使わない。それゆえ、あまり方々で売ってないということになる。東京人の舌は、そう言ってはわるいが、すこぶる杜撰なものである。落着いた味、静かな味、淡い味を知るには、あまりにも荒っぽすぎる。だから東京好みは俗になりやすいのである。例えば、くどい味、油っ濃い味、粗野な味、手っ取り早い味、落着かないせかせかした味、甘ったるい味というところに嗜好が動く。

論より証拠、東京っ子は今もなおてんぷらが好きだ。しかも、甘ったるいだし汁を用いて。うなぎが好きだ。これも中串以上の大物が好まれる。しびまぐろが好きだ。しかも、油っ濃いトロというのを好む。このまぐろとか、てんぷらとか、うなぎとか言うものは、元来酒の肴として極めて調和のわるいものである。にもかかわらず、東京っ子はこれをもってよろこんで酒を飲む。次に牛肉のすき焼きが好きだ。いずれをみても手っ取り早い簡単な味ばかりであって、女でも子どもでも、書生でもというわけである。そして、これを自慢しいしい日常生活に堅く結びつけているのが大部分の江戸人であり、東京人である。それをとらえて、私が東京人の舌は杜撰であると言うのも、あながち無理ではあるまい。

北大路魯山人の他の作品