食器は料理のきもの
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あらすじ(AIが作成しました)
料理を美しく盛り付けるための器の重要性を説く。料理と食器は夫婦のように密接な関係にあり、料理人の食器に対する関心の不足が、現代の器の不振を招いていると指摘する。より良い料理を目指すには、作り手自身が食器への美意識を高め、自ら制作に携わることも必要であると主張。料理と美術は根源を同じくする美感に基づいているとし、器の良し悪しが料理そのものの向上を左右することを論じる。
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私はどうして陶磁器ならびに漆器などをつくるようになったか――みなさま大方はご存じのことと思いますが、私は料理を始めてから、ここにこうして窯を築き、陶磁器ならびに漆器類を、みずからつくっています。
なぜ、私がこうして陶磁製作に熱中して、みずから手を下すことにしているか、傍からご覧になると甚だ物好き過ぎるように思われましょうが、本人の私は、これが当然であると思っているのでありまして、今日はお土産話に、その理由を一言申し上げてみたい。
いずれも料理道の専門家であり、大家でおられるみなさまを前にして、料理の話をいたしますのは、いささか失礼になりますが、しばらくは、ご宥免を願いたいと思います。
仮りに私が申してみますれば、料理も刺身なら刺身で、庖丁の冴えとか、取り合わせのツマの色、あるいは形、そういうものを大切に注意しますが、それはどういうことかと言えば、そうすることによって料理に美しい感じを与え、全体としてみれば、料理がそれによって美味くなるからにほかなりません。
こういうふうに、料理において尊ぶ美感というものは、絵とか、建築とか、天然の美というものと全く同じでありまして、美術の美というも、料理上の美というも、その元はひとつで、同じ内容のものであります。
そこで、料理そのものを美化すると同時に、みなさまが毎日注意しておられる、料理を盛る器も、あれこれといろいろに苦心が払われているのです。料理を問題とする人は、勢い食器をも同等に問題とする。これが当然の成り行きであります。