TRENDIA CLASSIC

美食と人生

北大路魯山人

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今さら事新しく問題にするのも、チトおかしいようだが、料理も考え方によっては、こんなことが言えるかも知れない。

「お惣菜料理」とは手の込む工夫を一切排除して、その上、なるべく安易に入手できる安価な食品材料を選び、口に充分なよろこびを与え、栄養という流行語にも当てはまるよう考慮して拵えるのが、今の人のお惣菜料理である。

これとは全く世界を別にし、多くの庶民にはなんの関係もないようなものが高級料理と言うもので、いわゆる料理屋の料理である。この世界では、もとより手の込む工夫を少しも意とせず、材料の高い安いも問題とせず、原料を美化して、まず眼から楽しませ、耳を鼻を口をと、人の心を和やかにする。もちろん、これにも段階があって、一人分千円以上一万円くらいの差がある。しかし、ただ高いのではない。高いのにも安いのにも、それぞれわけがあって、見る者に理解さえあれば、その理由は得心の行くものである。値は値だけのものとは、昔からよく人の言う通りである。世間で許されている高価な上等食は、貧しき生活を離脱して富者の群に入り、食の自由を求めるほかにぶつかる法はない。

しかし、不味いというものも慣れてみると、存外な美味を発見することもあり、高級上等食も食い慣れない者の口には、その至味、容易に感じ取れるものではない。人おのおの与えられた運命がつくってくれるところの料理に満足し、みだりに分を越えた他の世界を羨望するものではない。こうなれば、万人が万人みな美食家であり得るはずである。

元来、人の日常には相当間違いがあって、人目に触れる衣類の如きは必要以上に装飾し、分際を越え、楽しみと苦しみを混乱させているが、食物には冷淡で、食の世界は顔色を失っている。

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