TRENDIA CLASSIC
書道習学の道
北大路魯山人
1 / 1
世間、書を説く者は多いが、それは必ず技巧的にのみ観察したものであり、かつ、外見にのみ凝視することに殆ど決定的に偏している。すなわち、書家の書がそれである。ゆえに遠い昔はいざ知らず、近代では書家の書にうまい書があった例は皆無といってよい。全く書を専門に教える習字の先生から尊ぶべき書が生まれた試しはない。この一事実の現われは誰にとっても、うかうかと書家の教えを蒙る訳にはゆかない。
書家の書というのは、なぜそんなに価値がないか。書家の習字法は、なぜそんなに偏するか。それを一言にしていうならば、書家に芸術がないからという他はないのである。ついでながら美術もないからである。近い例としては市河米庵、巻菱湖、貫名海屋、長三洲、日下部鳴鶴、巌谷一六、吉田晩稼、金井金洞、村田海石、小野鵞堂、中林梧竹、永坂石等……みな芸術を解するところがないばかりでなく、美術を識らなかった。ために書道を誤認していた。従って後に遺るべき尊き書は生まれることがなかった。その中、辛うじて貫名海屋ひとりが若干実を識るのみであって、他はいずれも俗流で一時を鳴らしたに過ぎない。
習字の要訣というのは、俗書に陥らざる理解と用心が肝要である。
書に限らないが、書はすなわち、身につく所にまで進まなければならない。手につく所までは誰しも行くが、身につく所には大概至らないで終るものである。身につくというのは、稽古離れする時の出来栄えである。稽古離れということは、その先入主ともなるべき最初の心掛けが重き役目を勤める。(昭和九年)
北大路魯山人の他の作品
TRENDIA CLASSIC
遠州の墨蹟
北大路魯山人
遠州の墨蹟
北大路魯山人 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
古唐津
北大路魯山人
古唐津
北大路魯山人 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
余が近業として
陶磁器製作を試
みる所以
北大路魯山人
余が近業として陶磁器製作を試みる所以
北大路魯山人 ・ 約3分
TRENDIA CLASSIC
愛陶語録
北大路魯山人
愛陶語録
北大路魯山人
TRENDIA CLASSIC
明石鯛に優る朝
鮮の鯛
北大路魯山人
明石鯛に優る朝鮮の鯛
北大路魯山人
TRENDIA CLASSIC
甘鯛の姿焼き
北大路魯山人
甘鯛の姿焼き
北大路魯山人
TRENDIA CLASSIC
アメリカの牛豚
北大路魯山人
アメリカの牛豚
北大路魯山人
TRENDIA CLASSIC
味を知るもの鮮
し
北大路魯山人
味を知るもの鮮し
北大路魯山人
TRENDIA CLASSIC
鮎の食い方
北大路魯山人
鮎の食い方
北大路魯山人
TRENDIA CLASSIC
鮎の試食時代
北大路魯山人
鮎の試食時代
北大路魯山人
TRENDIA CLASSIC
鮎の名所
北大路魯山人
鮎の名所
北大路魯山人
TRENDIA CLASSIC
鮎ははらわた
北大路魯山人
鮎ははらわた
北大路魯山人