山之口貘詩集
本文約19,200字 ・ 読了時間 約39分
あらすじ(AIが作成しました)
親から子へと続く生命の連なりや日常の風景を綴る詩集。詩人は結婚生活や住居、あるいは時勢のなかでの炭屋とのやり取りなど、平凡な日々のなかに潜む哀感や滑稽さを鮮やかに描き出す。また、詩作への情熱や戦争の記憶、郷愁、さらには生れ変わりを空想する神の視点を通じ、自己の存在と生の不確かさを問いかける。日常と非日常の境界を漂いながら、詩という言葉を通じて自らの生のかたちをありのままに浮かび上がらせる作品群を収める。
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喪のある景色
うしろを振りむくと
親である
親のうしろがその親である
その親のそのまたうしろがまたその親の親であるといふやうに
親の親の親ばつかりが
むかしの奧へとつづいてゐる
まへを見ると
まへは子である
子のまへはその子である
その子のそのまたまへはそのまた子の子であるといふやうに
子の子の子の子の子ばつかりが
空の彼方へ消えいるやうに
未來の涯へとつづいてゐる
こんな景色のなかに
神のバトンが落ちてゐる
血に染まつた地球が落ちてゐる
[#改見開き]
世はさまざま
人は米を食つてゐる
ぼくの名とおなじ名の
貘といふ獸は
夢を食ふといふ
羊は紙も食ひ
南京虫は血を吸ひにくる
人にはまた
人を食ひに來る人や人を食ひに出掛ける人もある
さうかとおもふと琉球には
う※[#小書き平仮名む、13-4]まあ木といふ木がある
木としての器量はよくないが詩人みたいな木なんだ
いつも墓場に立つてゐて
そこに來ては泣きくづれる
かなしい聲や涙で育つといふ
う※[#小書き平仮名む、13-9]まあ木といふ風變りな木もある
[#改見開き]
疊
なんにもなかつた疊のうへに
いろんな物があらはれた
まるでこの世のいろんな姿の文字どもが
聲をかぎりに詩を呼び廻つて
白紙のうへにあらはれて來たやうに
血の出るやうな聲を張りあげては
結婚生活を呼び呼びして
をつとになつた僕があらはれた
女房になつた女があらはれた
桐の箪笥があらはれた
藥罐と
火鉢と
鏡臺があらはれた
お鍋や
食器が
あらはれた
[#改見開き]
炭
炭屋にぼくは炭を買ひに行つた
炭屋のおやぢは炭がないと云ふ
少しでいいからゆづつてほしいと云ふと
あればとにかく少しもないと云ふ
ところが實はたつたいま炭の中から出て來たばつかりの
くろい手足と
くろい顔だ
それでも無ければそれはとにかくだが
なんとかならないもんかと試みても
どうにもしやうがないと云ふ
どうにもしやうのないおやじだ
まるで冬を邪魔するやうに
ないないばかりを繰り返しては
時勢のまんなかに立ちはだかつて来た
くろい手足と
くろい顔だ
[#改見開き]
思ひ出
枯芝みたいなそのあごひげよ
まがりくねつたその生き方よ
おもへば僕によく似た詩だ
るんぺんしては
本屋の荷造り人
るんぺんしては
煖房屋
るんぺんしては
お灸屋
るんぺんしては