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TORENDIA

雨あがり

本文約1,500字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

雨あがりの午後、帰宅した娘が合羽を忘れてきたことを母親に叱られる。それを見ていた父親は、かつて友人の息子が頻繁に傘をなくして母親と言い争っていた話を思い出し、娘の将来に不安を覚える。しかし後日、今度は合羽を忘れないよう気を配るあまり、ランドセルを置き忘れて帰宅した娘の姿を見て、夫婦は思わず顔を見合わせる。大人の世界にも通じる忘れ物という出来事を通して、子育ての日常の風景を綴る随筆である。

山之口貘

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🎧 雨あがり / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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その日、朝は、どしゃ降りなのであったが、午後になると、からりと晴れて、縁側に陽がさした。硝子戸を開け放って、ぼくは机を前にしていた。女房は、ぼくの傍で繕いものをしていた。木戸の風鈴が、鳴りそこないみたいに鳴って、ミミコが帰って来たのである。

「ただいまあ」

「おや、おかえんなさい」

女房は、そういいながら、針をおいて、縁側に出たのであるが、

「あら、この子、合羽どうしたの? 学校において来ちゃったの?」といった。

ミミコは、いわれてはじめて気がついたらしく、「あっ、そうだ」といいながら、小さな手を振りあげて、小さな頭をおさえてみせたのである。

「おばかさんね、合羽を忘れてくるなんて、なくなったらどうするの」

母親は、そのように叱ったり、明日は忘れずに合羽を持って帰るよう念をおしたりしていたのだが、ぼくの眼にはいかにも、雨あがりの午後とでも名づけたいような、母子の風景なのであった。

ミミコが、合羽を忘れて帰って来たのは、いまのところそのときだけのことで、合羽もなくならずに済んだのであるが、ぼくの友人の家庭では、中学へ通っているひとり息子のために、十何本も傘を買わされたとの話をきいたことがあった。つまり、息子さんは、十何本という傘をなくしたわけなのだが、学校でなくしたり、電車のなかでなくしたり、あるいは、寄り道をした本屋の店頭でなくしたり色々で、行きも帰りも雨のときはとにかく、帰りが天気にでもなるものなら、まるで、そのときを見はからっていたみたいに、きっと、傘を棄ててくるとのことなのであったが、そのときそこに居合わせていた当の息子さんは、母親の言葉尻をつまみあげてみせるみたいに、「いくらなんでも、棄ててくるというのはひどすぎるよ。つい忘れてくるんだから仕方がないじゃないか」といって青筋を立てた。

すると、母親は母親で、「十何本もなくしちゃって、つい忘れるなんてよくいえたものだ。棄ててくるのとおんなじじゃないかね」というのであった。

ぼくは、そのことをおもい出しながら、ミミコの将来を案じないではいられなかった。

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