おきなわやまとぐち
本文約1,500字 ・ 読了時間 約4分
あらすじ(AIが作成しました)
沖縄出身者が互いの日本語を「おきなわやまとぐち」と揶揄し合う風景から、沖縄方言と日本語が混ざり合った言語の実態と悲喜劇を綴る。沖縄製の日本語とも呼ぶべきこの言語は、日常においてしばしば誤解や混乱を生む。幼少期に聞いた電報の逸話や、便所を指す言葉のすれ違いなどの具体例を挙げ、沖縄固有の調子を持つ言葉が一般には通用しにくい不完全さと、同郷人同士でしか通じない独特の言語生活のあり方を論じる随筆である。
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おんなじ沖縄出身である旧知の男に出会したところ、かれはぼくに「あなたの放送を聞きましたよ」と言ったが、「しかしあなたの日本語はひどいもんですな、まるでおきなわやまとぐちのまる出しじゃありませんか」と来たのである。ぼくはまたかとおもってふき出してしまったが「じゃまるで、あなたの日本語みたいじゃありませんか」と逆襲すると、かれもまたふき出してしまったのである。似たようなことは、同郷人の間にしばしば見かけたり、経験したりする風景で、お互がお互の日本語を、おきなわやまとぐちだと言ってくさし合っている図なのである。
おきなわやまとぐちというのは、その言葉自体が示しているように、言語としては正体のあいまいなもので、日本語でもなければ方言でもないのであるが、沖縄方言と日本語とをこねまぜたものである。たとえば、おきなわやまとぐちのおきなわは沖縄で、方言ではウチナーである。やまとぐちはヤマトゥグチで日本語のことをいうのである。
つまり、おきなわという日本語とやまとぐちという方言とで出来ているところのおきなわやまとぐちという言葉みたいな、そういうものをおきなわやまとぐちというのである。言わば、沖縄製の日本語とでもいうようなものなのであって、言語としては奇型であり、通用性に乏しいものなのである。そのために、日常の言語生活の上でおきなわやまとぐちは、時に悲劇を演じたり、時には世間を戸惑いさせたり、あるいはまた同郷人の間でバカにされたりするわけなのである。