本文へ移動
TORENDIA

墨蹟より見たる明治大正の文士

本文約3,900字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

銀座松屋で開催された明治・大正の文士による書画展を機に、著者自身が長年培ってきた「墨蹟による人物鑑定」の手法を用いて、出品された文士たちの人柄や審美眼を論じる。書というものは、その人の心韻や品格を霊的に映し出す鏡であると主張し、展示された墨蹟や文士たちが日頃愛用する調度品の趣味を厳しく評価する。夏目漱石や有島武郎らを高く評価する一方で、他の文士たちの書や所有物に対しても、独自の鋭い感性で人物像を考察する一編である。

北大路魯山人

速度
🎧 墨蹟より見たる明治大正の文士 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 5

銀座松屋に十月中、明治大正の文士の墨蹟及び遺品の展観が催された。小生は「人」の価値を見るに常に墨蹟によって判断する事を得意とする。人の評判や世間の噂では間違いが多いことがあるので、自分は人を見ることは、必ず墨蹟に拠ることにしている。墨蹟とは主に「書」である。画でも判らないことはないが、書で見ることが一番である。

昔から有名な人物はもちろん、その時々に生まれ出ずる有名な人物、流行児などについて、その真価を見極めることは、その人の筆蹟に拠り判ずることが小生としては、一番慥かな方法であって、人心、人格、人品などの観破術として、以前からこれを用いているのであって、従来の経験に徴して百発九十五中ぐらいの率で成績を挙げている。

書といっても、書家がいうような結体完備運筆巧致を云々するのではない。習字した書であっても教養のない釘折れでも、そんなことは構わないのである。筆蹟に表われたる気格、心韻に拠って察するのである。ここに軽薄な与太先生があったとする。すると、その人の筆蹟にチャンとその与太が表われていて便利なのである。その反対に乃木大将のような立派な人格者には、世間で評判する如く立派なものが霊的に表現されているので、懐疑がなくなるのである。

墨蹟の上に一番鮮明に表現されるものは、至純、横着、気宇の大なる者、小なる者、気取家、虚勢、虚飾、雅趣ある者、なき者、下等人物、上品なる者、熱ある者、なき者、学者、無学者、信力ある者、なき者、強き個性、弱き個性など、大体表われるものである。ゆえに甚だ僭越な申し分であるが、現内閣のお歴々でも、顧問若槻氏でも、また犬養、床次、鈴木諸氏であっても、それらの人の持った力によって得るところの将来如何というようなことについては、小生の墨蹟観により、ある程度までは図星を指し得ることができるように思っているのである。

北大路魯山人の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本