TRENDIA CLASSIC

芸美革新

北大路魯山人

1 / 5

今後に望まれる工芸作陶界は、まずそれに相応しい可能の許す限りの高き教養を基礎に、自由思想を育成し、真の自由人と思想家の出現に努め、この作陶人をして思い切った自由を作陶の上に振舞わしめざるを得ない。切羽詰っての恵まれた時代がやって来たようである。それには、この際を期して、斯界に一大革新運動を起こしてかかる要が必死の間題であろうと私は思っている。

わが国現在の美的陶磁器という製品は、一般にどのような息づかいをなしいるものであろうかを、私は十年虫を殺して、埒の外から凝っと見詰め通して来た一人であるが、さてその光景や如何にと今それを語らんとするに当って、今更の如く遺憾を感ぜざるを得ない。それは悉く哀しむべき報告をもたらさねばならないからである。私は今、現代製陶の価値を批判せんとするに当って、固よりその全責任を身に感じつつ現然見る所の破滅的な実況を紹介し、諸士の注意を惹かんとするものであるが、率直に言って、今の作家という人々の大部分が作りつつある作品の価値は、過般催された上野における綜合美術展出品を観覧して一目それとわかるように、一人一人の作品が実に不思議な位、作品に決定的に必要である自由を全然失い、虚脱状態に在ることである。作心に聊かの自由さえ持ち能わざる作人の個性無き作品、それは全く死物に等しき物であって、観者はその作品から何の魅力も感じ得ないのは当然であろう。たわいなき作家の夢もまた空しく画餅に帰し、浅慮の工夫が、ひそかに低級な人々の眼を、良? 不良? の間に迷わしめて居るに過ぎない。結局、労して効無き結果を見せつけるばかりなのである。

北大路魯山人の他の作品