陶器鑑賞について
本文約4,900字 ・ 読了時間 約10分
あらすじ(AIが作成しました)
陶器鑑賞の要領と作陶の動機を論じる。知識の詰め込みではなく、芸術的価値のある鑑賞品と実用器を峻別する視点の重要性を説く。さらに、自然美に親しんで美術眼を養う必要性に触れ、自身の作陶については、料理と食器の調和を追求した結果、自ら手掛けるに至った経緯と、長年の研究を経て自得するに至った制作の心構えを綴る。
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大正八、九年ごろという古い話になりますが、こういう話がありました。当時の入沢医学博士から私が直接に聞いたことでありますが、博士がある時、図らずも大河内正敏理博と東海道西下の汽車に同乗したことがあります。その際のこと、ちょうどいい機会と医博は思いついたのでしょう、「この車中に於て一、二時間の間に、陶器鑑賞に関して素人の僕にわかる様に話して貰えないか」と、日頃の希望を注文してみましたところ、大河内博士は、「それはちょっとむずかしい問題で、いくら簡単に話したところで到底一時間や二時間で話せるものではありません。詳しく説明すれば一年も二年もかかるでしょう」
車中一、二時間それはだめだ……。
と言った塩梅の返事だったそうです。
そのころの私はまだ陶器美術に関しては、全然知識のなかった時代でありましたので、陶器の話というものはそんなものか……と思っておりました。しかし、もし只今の私でありましたら、その質問に対して、医博の注文通り一、二時間でそのご要求にお答え出来たであろうというような気がいたします。
その時の入沢博士の質問の気持と、大河内博士のお話になろうと考えておられた内容とには大きな開きがあったように思われます。入沢博士の質問は、何の知識もないものに、どうしたならば簡単に名器鑑賞の要領が掴めるかという点にあったらしく思われますが、それに対し大河内博士の該博な知識では陶器すべてに関し詳細にA・B・Cから説き起こし、各作者、各年代等から研究を進めて行って鑑賞に入ろうとするにあったらしく思われます。
そういう該博な知識を百科辞典式に僅かな時間で話すことは元々無理であり、一年あっても二年あっても到底出来るものでないことは当然であります。そして大河内博士にしてみれば、何と猪口才に、ズブの素人がチョコマカと陶器の話を寸時に聞こうなんて何だ……というような、勿体振りもあったと想うのであります。