薄暮の貌
本文約3,500字 ・ 読了時間 約7分
あらすじ(AIが作成しました)
残暑きびしい池廼家の句筵へ集うた十数人の男女は、低く煤けた天井と蚊遣線香の匂いが漂う薄暮の空間で、沈黙のうちに句作を試みる。陰惨な悒鬱とした空気が漂う中、庭で飼われるシェパードの挙動や、老作家が床壁の画に見出す不気味な気配が場を支配する。窓の外で何かが起きた気配を感じた一行が覗き見ると、そこには獰猛な犬が捕らえた猫が横たわっていた。日常の裏に潜む非日常的な光景を目の当たりにし、作者は言葉を紡ぎ出す。
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暦の上では、もう初秋だとは云ふものの、まだ残暑がきびしく、風流を心にたゝむ十数人の男女を打交へた一団にとつて、横浜の熱閙を避けた池廼家の句筵は、いくぶん重くるしさを感ぜしめた。細長い路地に、両側をかなにかの生籬にしてあるのはいゝとして、狭い靴脱から、もう縁板がいやに拭き光りがしてをり、廊下を踏んでゆくと、茶黒い光沢を帯びたものが韈を吸ひとるやうにひつぱるのである。料理屋へ、風流気に出かけて先づ天井を眺めるなどは、嘗て一度さへ体験にとゞめたとも覚えない。それであるのに、不思議に、煤けた天井板が、ずんと脳天へひゞき、圧せられるやうな懶い一種廃頽的な感じが身をとりまいた。
「情死でもあつたのかな、こいつは」と、心でそんな想像をしてみたりしながら、予定されてあつた座に着いたのである。二間をぶつ通した天井は煤けた上に実際低過ぎた。かうした落着いた会席ではあるものの、世故を離れた虚心坦懐な気持で、冗談の一つや二つ飛ぶのは当りまへである。さうすると、男女の笑ひさゞめく声が、しばらくの間、低い天井下の空間に満ちわたり、おのづから此方へも微笑を強要してくるに違ひないのだが、さて、微笑を洩らすうちにも、一枚頑固に剥ぎとれないものは、くすんだ悒鬱である。