秋風
本文約2,400字 ・ 読了時間 約5分
あらすじ(AIが作成しました)
山間の僻村で紅顔の美少年として育った「坊やん」は、家族から溺愛されて成長する。しかし父や祖父、母を相次いで亡くし、周囲からは墓地を開墾した報いだと噂される。結婚後、妻が甥と駆け落ちしたことで精神の平衡を崩した坊やんは、次第に奇行を重ねるようになる。やがて立秋の気配漂うある日、家族の留守を狙い、自身が育った大きな藁家に火を放って焼け落ちる様を歓喜の踊りとともに眺める姿を描く。
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子供の頃「坊やん」と謂はれて居た小悧好な男があつた。彼の家はさして生計が豊かといふわけではなかつたが、さうかといつて苦しいといふわけではなく、田畑も少しは人にも貸して尚自分の家でも充分な耕作をして居たやうなところから、女ばかり引きつゞいて生れた後にひよつこり男の子として彼が生れた家庭は、ひた愛でに愛でつくして、某といふりつぱな名前があるにも拘らず「坊や、坊や」と呼び呼びした。隣家のものが先づ「坊やん」と呼び出した。何時の間にか村中誰彼となく「坊やん、坊やん」と呼ぶやうになつてしまつた。
坊やんは頭が少しくおでこで、ひきしまつた口元から、頬のあたりがほんのりと薄くれなゐの色をおび、すゞしげな眼をもつた容子が如何様紅顔の美少年であつた。どんな他愛ない事柄でも必ず面白さうに話すおぢいさんの肩車に乗つて、時には大きな蟇を赤裸にしたのをぶら下げたり鰻を棒の先きにくゝりつけて田圃路を帰つて来ることなどもあつた。坊やんはこのおぢいさんのみならず家族のすべてに可愛がられ山間の僻村は僻村だけに珍といふ珍、甘いといふ甘いものを喰はせられた。鰻の如きは焼き方から蒸しの具合に好味があらうけれども蟇の如きに至つては、焼いて醤油をたらすや即ち彼のぜいたくな大谷光瑞伯をして舌鼓を打たしむる底の妙味を有するといへば坊やんさぞ満足して舌鼓を打ちつゝ大きくなつたことであらうと思ふ。
坊やんが青年期に入らんとするとき、坊やんの父は病を得て死んだ。養蚕に熱心なあまり、夜半の天候を気づかひつゝ毎夜々々庭前に筵を敷いて、わざと熟睡の境に入ることが出来ないやうに木枕をして寝て居た。空が僅かにかき曇つて雨がぽつりと仰向いた顔へ落ちたかと見ると忽ち坊やんの父は跳ね起きて桑の用意にかゝつた。そんな事からからだを弱くして死んでしまつたと近隣のものが言ひ伝へた。
坊やんは蟇や鰻でそだてられたお蔭にめき/\大きく丈夫な体格になつていつて、多くの青年の間へ交つても天晴かゞやかしい風を見せるやうになつた。