茸をたずねる
本文約7,200字 ・ 読了時間 約15分
あらすじ(AIが作成しました)
秋の山へ足繁く通う語り手が、案内人の粂吉と共に茸を探し歩く日々を綴る。山国の自然に感化されて仙人のような境地に達することに興味を抱く語り手は、林や松林を巡り、猪の鼻などの茸を採取して静かな山中の秋を満喫する。昼食の風景や炭売りの婦たちとの交流、そして寒冷な夕暮れに至るまで、山岳の鮮やかな色彩と風情、四季の移ろいや山暮らしの趣を丹念に描き出し、帰路に人煙を恋しく思う心情で締めくくられる。
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秋が来る。山風が吹き颪す。欅や榎の葉が虚空へ群がってとびちる。谷川の水が澄みきって落栗が明らかに転びつつ流れてゆく。そうすると毎年私の好奇心が彼の大空へ連なり聳えた山々のふところへ深くもひきつけられる。というのは其の連山のふところにはさまざまの茸が生えていて私の訪うのを待っていて呉れる。この茸は全く人間味を離れて自然の純真な心持を伝え、訪問者をして何時の間にか仙人化してしまう。その仙人化されてゆくところに私は大なる興味をおぼえ、快い笑みを浮べつつ歓喜の心を掻き抱く。私の感受性にうったうる自然の感化は山国生活の最も尊重すべき事の一つである。
で、私は好晴の日を見ては屡々山岳の茸を訪問する。敢て訪問するというのは、毒茸が多くて食すべき大獲物に接し得ないことと、前述の意味に出発点を置くところから狩るというような残忍な語を使用したくないので云う言葉である。茸訪問については屡々私は一人の案内者を伴うことがある。案内者の名を仮に粂吉と呼ぶ。幾春秋山中の日に焦かれた彼の顔は赤銅色を呈している。翁の面のようにも見える。長い眉毛が長寿不老というような語を思わせる。明治十二三年頃買って其の儘用い来ったという陣笠のような猟帽を頭へ戴いて、黒い古紐が面のような顔をキリリと結んでいる。彼の歩みは私のようにせせこましく歩くことなしに緩々と鷹揚な運びである。それでいて私よりも迅い。