基督信徒のなぐさめ
本文約50,100字 ・ 読了時間 約101分
あらすじ(AIが作成しました)
内村鑑三が著した本書は、苦難の淵にある基督信徒を代表し、自身の信仰的体験を通じて宗教的原理による慰めを綴るものである。第一高等中学校不敬事件の渦中にあった著者が、既存の教会の枠組みに頼らず、個人の魂と神との直接的な交わりを説く。不治の病や周囲からの排斥、死といった人生の逆境に際し、未来の永遠の命に対する希望や、万物の創造主である神とともに在ることの尊さを提示し、悲嘆に暮れる同胞の霊魂を支えようと試みる。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
[#ページの左右中央]
明治二十四年四月十九日いわゆる『第一高等中学校不敬事件』ののちに、余のためにその生命を捨し余の先愛内村加寿子に謹んでこの著を献ず、願くは彼女の霊天に在りて主と偕に安かれ。
鑑三
[#改ページ]
[#ページの左右中央]
“If I can put one touch of a rosy sunset into the life of any man or woman, I shall feel that I have worked with God.”―― George MacDonald.
[#改ページ]
自序
心に慰めを要する苦痛あるなく、身に艱難の迫るなく、平易安逸に世を渡る人にして、神聖なる心霊上の記事を見るも、ただ人物批評または文字解剖の材料を探るにとどまるものは至少の利益をもこの書より得ることなかるべし。
しかれども信仰と人情とにおける兄弟姉妹にして、記者とともに心霊の奥殿において霊なる神と交わり、悲哀に沈む人霊と同情推察の交換をなさんとするものは、この書より多少の利益を得ることならんと信ず。
この書は著者の自伝にあらず、著者は苦しめる基督信徒を代表し、身を不幸の極点に置き、基督教の原理を以て自ら慰さめんことを勉めたるなり。
書中引用せる欧文は必要と認むるものにして原意を害なわずして翻訳し得るものは著者の意訳を附せり、しかれども訳し得ざるものまたは訳するの必要なきものはそのままに存し置けり、ゆえに欧文を解し得ざる人といえどもこの書を読むにおいて少しも不利益を感ぜざることと信ず。
明治二十六年一月二十八日 摂津中津川の辺において 内村鑑三 [#改ページ]
第二版に附する自序
この書世に生れ出てより五ヶ月今や第二版を請求せらるるに至れり未だ需要の多からざる純粋基督教書籍にしてここに至りしは満足なる結果と称して可ならむ
第二版は初版と異なるところはなはだ少し、誤植を訂正し引用欧文の訳解を増補せしのみ