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TORENDIA

宮沢賢治全集

本文約1,600字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

宮沢賢治全集の刊行を受け、中原中也が自身の長年の愛読書である詩集「春と修羅」の詩人としての魅力を再確認し、世間に広く認められるのが遅すぎたことへの憤りと、その原因が芸術を純粋に鑑賞しない当時の社会状況にあることを論じる。本書に満ち溢れる民謡の精神や独特の感性、青を基調とした色彩感覚を称賛しつつ、作者の不遇な運命と、芸術を手段としてしか見ない当時の文壇に対する複雑な感慨を綴る。

中原中也

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🎧 宮沢賢治全集 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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宮沢賢治全集第一回配本が出た。死んだ宮沢は、自分が死ねば全集が出ると、果して予測してゐたであらうか。

私にはこれら彼の作品が、大正十三年頃、つまり「春と修羅」が出た頃に認められなかつたといふことは、むしろ不思議である。私がこの本を初めて知つたのは大正十四年の暮であつたかその翌年の初めであつたか、とまれ寒い頃であつた。由来この書は私の愛読書となつた。何冊か買つて、友人の所へ持つて行つたのであつた。

彼が認められること余りに遅かつたのは、広告不充分のためであらうか。彼が東京に住んでゐなかつたためであらうか。詩人として以外に、職業、つまり教職にあつたためであらうか。所謂文壇交游がなかつたためであらうか。それともそれ等の事情の取合せに因つてであらうか。多分その何れかであり又、何れかの取合せの故でもあらう。要するに不思議な運命のそれ自体単純にして、それを織成す無限に複雑な因子の離合の間に、今や我々に既に分つたことは、宮沢賢治は死後間もなく認めらるるに至つたといふことである。

認められること余まりに遅かつたためには、もつと作品の実質に関係ある、謂はば有機的理由ありとする人々があるであらうが、恐らくそれは間違つてゐる。是等の作品が、一般に愛されるべくそれ程難解なものとは思へぬ。のみならず、此処には、我が民謡の精神は実になみ/\としてゐて、これは、詩書を手にする程の人には最も直ちに、感じられる底のものである。此処に見られる感性は、古来「寒月」だの「寒鴉」だの「峯上の松」だのと云つて来た、純粋に我々のものである。主調色は青であり、あけぼのの空色であり、彼自身の讃ふべき語を以てすれば、「鋼青」である。真昼の光はあつても少しくであり、それもやがて暮れるとしてのことのやうであり、此処では、紅の花も、やがて萎れて黝ずんだ色になるとしてのことである。それに猶、諸君も嫌ひではない冗舌は、此処に十分に按配されてをり、直き直きに抽象語を以てしなければ、かの「意味がない」と云つて嘯く、平盤な心情の人達のためには、十分哲学的学術的な言葉も此処には見出されるのである。

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