朝起の人達
本文約6,400字 ・ 読了時間 約13分
あらすじ(AIが作成しました)
神経衰弱のため医者から朝起を勧められた男は、毎朝日の出を拝むべく芝公園へ通う生活を始める。早朝の閑散とした街や公園で、彼は巡査や旧友、詩人を自称する青年など様々な人々と遭遇し、交流を持つ。しかし、周囲から疑いの目を向けられ、やがて交流した青年が正気を失っているという事実を知る。健康を求めて始めた朝の習慣の中で、男は世間の風説や思いがけない出会いを通じて、自身を取り巻く社会の滑稽さや複雑さを目の当たりにしていく。
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医者に勧められて朝起を一月ばかり続けている中に疑問が起った。古来朝起は一種の投資的美徳になっている。朝起三文の徳ともいえば、ずっと桁を飛ばして、朝起十両ともいう。前者は一回分を指し、後者は一生を通じての話と察せられる。西洋人も、
Early to bed and early to rise, makes a man healthy, wealthy and wise.
(早く床につき早く起きることは、人を壮健、富裕、賢明ならしむ)
と讃えて、韻律的に朝起を奨励している。而も私は一ヵ月間実践躬行の結果、壮健にも富裕にも賢明にもならない。神経衰弱は以前のまゝである。金は少し損をした。智慮分別は多大の打撃を受けて、精神に異状があるのではなかろうかと考えるようになった。
私のかゝる医者は年来懇意の所為か、私の身体を知り過ぎていて困る。私が見て貰いに行くと、
「何うかしましたか?」
と驚く。私のようなものが何うかする筈はないと思っているから、
「神経衰弱のようです」
と言って、その都度此方から病症を暗示してやらなければならない。引き続いて私が容体を述べる間、
「はあ、成程、はあ」
と先生は何か他のことを考えながら相槌を打って、
「一つ拝見致しましょう。熱はないでしょうね?」
と来る。熱のないことは先刻から言っているのである。
「熱はないですが、何うもハッキリしません。仕事が兎角億劫です。会社なぞと違って、役所は劇務ですからな」
と私は要領を繰り返して同情を求める。
「それは何人にしても仕事は楽じゃないですよ。私なぞは日曜も祭日もありません。夜分は能く眠れますか?」
「能く眠れます。昼間働くから疲れるのでしょうな」
「疲れても、眠られるから宜いのです。心臓が少し早いですね?」
「大変早いです。一ヵ月ばかり役所を休んで静養する必要はありますまいか?」
「何あに、大したことはありませんよ。まあ/\朝早く起きて運動をするんですな」
と原崎さんの診断はいつも定っている。薬も碌にくれない。昵懇の間柄だから、贔負目があるので兎角軽く見る。
ところが今回は私の主張が通って、医者は神経衰弱ということに同意してくれた。