TRENDIA CLASSIC

勝ち運負け運

佐々木邦

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幼少の思い出

隣り同士の僕と菊太郎君は妙な因縁だ。凡そ仲の好い友達といっても、僕達二人のようなのは類があるまい。三十余年間、始終一緒だった。学校も一緒、商売も一緒、何方か病気をしない限り、毎日顔を合せて来ている。同業のものは僕達のことを御両人と呼ぶ。僕も菊太郎君もそれに異存は毛頭ない。

「羨ましいね、御両人は」

「若旦那同志のお神酒徳利だ。そのまゝじっとして並んでいさえすれば、今に時節が廻って来る」

「男は好いし、金はあるし、御両人は兜町切っての果報者だよ」

こういう評判も有難い。しかし、

「御両人は何方だろうな? 結局」

と言われると、僕達は胸の鼓動が高まる。お互に負けまいという気がある。御両人はそれを常に意識していながら、隠し合っている。特別に親しい同志が何かにつけて張り合うのは真に厄介なものだ。

手近い例を挙げれば、一緒に銀ブラをして、カフェーへ入るとする。女給達が二人を取巻く。兜町の若旦那は会社員や新聞記者とは違った香がするのらしい。僕は特別に女が好きという次第ではないが、一番綺麗なのに目を留めて、其奴がどれくらい菊太郎君に好意を持っているかを考えて見る。当り前なら構わない。しかし目に余るようなら、翌晩単騎遠征を試みて、更に一層の好意を此方に示させる。御苦労な話だけれど、そうして置かないと気が済まない。ただし初めての家なら、当然僕の方が余計注意を惹くから、翌晩の単騎遠征は大抵菊太郎君の役割になる。

僕達は競争する運命を持って生れて来たのらしい。二人は共通点があると同時に、背景が似ていたから、子供の頃から好い対照になった。僕は長男で、姉が三人ある。菊太郎君も長男だ。その後妹が二人生れた。何方も男の子としては女の中の一粒種だった。それから偶然のことに、二人は同じ日に生れている。十一月三日、天長節だった。菊太郎君の菊は菊花節の菊を利かしたものである。

僕達は守に背負われている頃から仲が好かった。顔を合せると、お互にニコ/\したそうである。何方の坊っちゃんが好い器量かという議論が守と守の間に起ったらしい。似たものが二つ並べば、出来の善し悪しが問題になる。僕の守は無論僕の方に力瘤を入れて、

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