TRENDIA CLASSIC

小問題大問題

佐々木邦

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津島君の子爵病は長いことだった。一杯やると発作的に催す。遠く王政維新廃藩置県の頃に溯って、

「祖父がその時好機会を逸しなかったら、僕も今頃は子爵の御前様で納まり返っていられるのになあ」

と口惜しがるのを常とした。生れてもいない昔のことを今更何と言っても仕方あるまいに、そこが酒の上だ。酔えば無暗に喧嘩を吹っかける奴さえあるのだから、五十年前の愚痴なら先ず/\好い酒癖の部類に属する。

「又始まったぜ」

と友達も安心して聞いていられる。

「危い/\」

と言ってビール壜を片付ける必要もない。

津島君の子爵病は家庭でも時々起った。それも新婚当時は白面でいて、

「お琴や、考えて見ると気の毒だよ。巧く行っていればお前は子爵令嗣若夫人だったのにね」

と真向から細君に同情を寄せるのだった。そうして厳父逝去後は晩酌の折に触れて、

「お祖父さんがもう少し融通の利く人だったら、お前も子爵夫人になっているのになあ」

と当然襲爵の形で話した。

「あなたが華族さんなら、平民の私なんか迚もお嫁に来ていませんわ」

ともうその頃は若夫人も三十を越していた。

「成程。それも然うだな」

「オホヽ。感心していますのね?」

「して見ると華族でなくて宜かったかな」

と至極円満な家庭だった。

しかし長い年月には多少険悪な雲行を見ないでもない。一両年前に津島君は一寸した不機嫌に委せて、

「あゝ、詰まらない/\。いつまでたっても平社員だ」

と歎息した。

「あなたは変な人ね。お酒を召上ると屹度不平を仰有るわ。平社員でも斯うして親子七人何不足なく暮して行ければ結構じゃありませんか?」

と細君は十数年の同棲でもう疾うに対等の権利を獲得しているから、思ったことは何でも口に出す。時には意見めいたことまでも言う。

「公私ともに面白くなければ稀には不平も出ようさ」

「それでヤケ酒を召上りますの? 先ず公の方から承わりましょう」

「十五年勤めて未だに平社員は腑甲斐ないじゃないか? 会社は人を遇する道を知らないから癪に障る」

「それはあなたが御無理ですわ。昇進には順番てものがございますからね。いくらあなたの腕が好くても、上の方が詰まっていれば仕方がないじゃありませんか?」

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