「勉強しないと、東京の叔父さんのところへやってしまいますよ」
僕が中学生の頃、母は然う言って驚かすのが常だった。叔父は母の弟だ。父は女学校の先生だけれど、叔父は高等学校の先生だから尚お豪いことになっていた。しかし父に言わせると、叔父は変りものだった。
「叔父さんは学者でしょうね?」
と僕は母に訊いて見た。
「今に博士になりますよ」
「もうなっても宜い時分じゃありませんか? 僕が小学生の頃からです」
「お上の都合ってものがありますわ」
「それよりも大学の先生と喧嘩をしているからナカ/\なれないんでしょう。学問が出来ても変人じゃ駄目ですって」
「誰がそんなことを言ったの?」
「学校の修身で習いました」
「嘘をつけってことをね?」
と母は睨んだ。
叔父の変人問題から両親の間に意見の衝突が時折起った。
「もうソロ/\貰いそうなものだね。一つ俺から勧めて見ようか?」
と父が言った。博士のことだと思ったら、お嫁さんのことだった。
「駄目でしょう」
「何故? 変人だからかい?」
「変人なんてことありませんわ。頭のなかが学問で一杯ですから、常識が圧倒されているんですわ」
「兎に角、もうソロ/\四十だよ」
「博士になってからでしょう」
「その問題は別として、早く貰わせる法はないだろうか? グズ/\していると、大野家の跡が絶えてしまう」
「それは私も考えていますわ。今までも度々勧めたんですけれど」
「今度は俺が出馬する。丁度好いのがあるんだ」
「女学校の先生?」
「うむ」
「安井さんじゃありませんか?」
「然うだ。この間世間話をしながらそれとなく訊いて見たら、永久に独身でいるつもりでもないらしい。三十を越しているから、お嫁さんとしては若い方じゃないが、お婿さんだってもう好い加減薹が立っている。何だか縁がありそうに思えて仕方がない」
「あなたからなら利き目があるかも知れませんわ。宜しくお頼み致しますよ」
と母は納得した。