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TORENDIA

椎の実

本文約1,500字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

奈良の森林へ句作に赴く作者が、静寂な森で独り過ごす時間を通じて心境の変化を綴る随筆。人恋しい孤独を抱える作者は、人気のない森で自然の息吹や鹿たちの姿に触れ、やがて静かな充実感を得る。その後、椎の実を拾う子供達との交流や、芒の穂を投槍のように飛ばして遊ぶ子供達の光景を目の当たりにする。帰路、胸一杯の楽しさを抱いた作者が、夕闇に灯る街の明かりを目指して歩む様子を描き、孤独が癒やされていく過程を叙情的に表現する。

橋本多佳子

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🎧 椎の実 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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私は淋しがり屋と云はれてその時はいやだつたが、考へて見るとさう云はれても又仕方がないことでもあつた。友達などに会つてゐると、別れたあとの淋しさがいやで、知らぬうちに一生懸命なんとかしてと引留め策を考へてゐるのである。だから人中にゐる間ぢゆう淋しがりやであるのは本当で、人にさう感じられるのも仕方ないことである。

私は時折句を作りに奈良の森林へゆく。大抵ひとりだからあまり奥へは行けず、近くで静かな人気のない森や谿をいくつか知つてゐて、冬にはあの森と川、春は馬酔木林と辛夷の美しい樹林、夏は、秋は、とそれぞれ好むところを持つてゐるのである。この日もぶらりと一人出かけた。若宮の御祭の翌日なので人一人ゐず、広い参道は昨日の塵を女人夫が掃除してゐるだけ、右手の飛火野へ外れて出ると一面の芒野で、ほほけた穂が日にふちどつて燦いてゐる。けふは男女の群もゐない。それはよいのであるが、子供が来ないのが淋しい。詩興も湧かない。鹿苑を横切つて森の中に入り、いつもの馴染みの木々の間に立つ。奥山から流れてくる細い流れを越えると、この間の台風に根ごと倒れた大杉や松が、一々番号をつけられてまだそのままにされてゐた。日が洩れてゐるその一つ木に腰を下して休む。足もとには末枯れた春日歯朶や厚い青苔がふかふかとあつたかい。

そのときふと気がついた。少しも淋しくないことである。「これなら淋しがりやでないではないか。」と、ひとり言をいつた。いつまでもかうしてゐたい。今の私は静かに充ちてゐる。

周囲に立つ竹柏、杉の太い幹等、頭上には森がふかく、遠くに空を感じるばかりである。山鳩がばさばさ羽音荒く飛び立つた。そこへ小鹿を連れた鹿の一群が近づいて来て苔を喰べたり、後肢で立つて小枝をピシツと折つてみたりする。小鹿は嬉しくて遠く駆けまはるので、母鹿ははらはらして、私を横眼に要心するのであつた。雄鹿同士は、すぐ角を合はせて立ち上つたり、とかく荒つぽい。すこし恐しくなつたとき、どうしたのか一匹の鹿が駆け出すと、小鹿も母鹿もみんなあとを追つて行つてしまつた。

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