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TORENDIA

河鹿

本文約5,700字 ・ 読了時間 約12分

あらすじ(AIが作成しました)

箱根の宿で語り手が同行者から聞いた不思議な体験を綴る。ある夏、閑静な宿の隣室に滞在していた母娘たちが、亡き末娘の形見である人形を床の間に飾っていた。ある雨の晩、隣室から「パパア」「ママア」と響くはずのない声を聞き、語り手は恐怖に震える。帰宅後に人形の由来を知った語り手は、亡くなった娘の面影と母の悲哀が交錯する不可解な出来事に遭遇したのち、数カ月後にその母の訃報を耳にして再び戦慄する。

岡本綺堂

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🎧 河鹿 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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C君は語る。

これは五六年前に箱根へ遊びに行ったときに、湯の宿の一室で同行のS君から聞かされた話で、しょせんは受売りであるから、そのつもりで聞いて下さい。

つい眼のさきに湧きあがる薄い山霧をながめながら、わたしはS君と午後の茶をすすっていた。石にむせんで流れ落ちて行く水の音もきょうは幾らかゆるやかで、心しずかに河鹿の声を聞くことの出来るのも嬉しかった。

「閑静だね。」と、わたしはいった。

「うむ。こうなると、閑静を通り越して少し幽寂を感じるくらいだよ。箱根の中でもここらは交通が不便で、自動車の横着けなどという、洒落れた芸当が出来ないから、成金先生などは滅多に寄付く気づかいがない。われわれの読書静養には持って来いというところだよ。実際、あの石高路をここの谷底まで降りてくるのは少々難儀だけれど、僕は好んでここへくる。来てみると、いつでも静かなおちついた気分にひたることが出来るからね。」

S君は毎年一度は欠かさずにここへ来るだけあって、しきりにこの箱根の谷底の湯を讃美していた。霧はだんだんに深くなって、前の山の濃い青葉もいつか薄黒い幕のかげに隠れてしまった。なんだか薄ら寒くなって来たので、わたしは起って二階の縁側の硝子戸を閉めた。

「戸を閉めても河鹿の声は聞こえるだろう。」

「そりゃ聞こえるさ。」と、S君は笑いながら答えた。「柄にもない、君はしきりに河鹿を気にしているね。一夜作りの風流人はそれだからうるさい。だが、僕もあの河鹿の声を聞くと、なんだかいやに寂しい心持になることがある。いや、単に風流とか何とかいうのじゃない、ほかに少し理由があるんだが……。」

「河鹿がどうしたんだ。何かその河鹿に就いて一種の思い出があるとかいうわけなんだね。」

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