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TORENDIA

妖氛録

本文約5,000字 ・ 読了時間 約11分

あらすじ(AIが作成しました)

陳の国の大夫の妻であった夏姫は、その類まれな美貌と妖しい雰囲気で、周囲の男たちを次々と破滅させる。陳の霊公やその卿らが彼女を巡って争い国が乱れる中、夏姫は亡国の騒乱に巻き込まれながらも、平然とした態度を崩さない。その後も楚の国で権力者たちの思惑を翻弄し、最後には巫臣という男の妻として穏やかな生活を送るように見える。しかし、その若さと美しさを保ち続ける彼女の存在は、年月を経てもなお、夫となった巫臣の心に拭いがたい猜疑と空虚な影を落とし続ける。

中島敦

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🎧 妖氛録 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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口数の寡い、極く控え目勝ちな女であった。美人には違いないが、動きの少い、木偶の様な美しさは、時に阿呆に近く見えることがある。この女は、自分故に惹起される周囲の様々な出来事に、驚きの眼を瞠っているように見えた。それらが、自分の為に惹起されたのだということに、一向気付かぬようにも思われる。気付きながら少しも気付かぬように装っているのかも知れぬ。気付いたとしても、それに誇を覚えているのか、迷惑を感じているのか、愚かな男共を嘲っているのか、それは誰にも分らぬ。唯、そんな傲りの気配だけは少しも表に現れない。

つくり物のように静かな顔に、時として、不意に、燃えるような華やかさの動き出すことがある。雪白の冷たい石龕の内に急に灯がともされたように、耳朶は見る見る上気して、紅玉色に透り、漆黒の眸子は妖しい潤いに光って来る。内に灯のともっている間だけ、此の女は世の常の女ではなくなる。斯うした時の此の女を見た少数の男だけが、世の常ならぬ愚かさに我をも忘れるものらしい。

陳の大夫御叔の妻夏姫は、鄭の穆公の女に当る。周の定王の元年に父が死に、その後を継いだ兄の子蛮も直ぐに翌年変死した。陳の霊公と夏姫との間は、丁度其の頃から続いているのだから、既にかなり久しいことである。荒淫の君主に強いられて斯う成ったのではない。凡て斯うした事は、夏姫にとって、水が低きに流れるように自然に成るのである。興奮もなく、後悔もなく、唯何時の間にか成って了ったという外はない。夫の御叔は、典型的なお人よしの意気地無しであった。うすうす気付いてはいたらしかったが、さて気が付いた所で、どうなるものでもない。夏姫は、夫に済まなさを感じるでもなく、さりとて、軽蔑を感じるでもない。ただ、以前より一層心優しく夫をもてなすようになった。

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