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TORENDIA

鏡花氏の文章

本文約3,400字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

泉鏡花の芸術世界を、言葉の魔術師による幽艶・怪奇な極楽浄土として論じる。現実を奔放な空想で昇華させる独特の美意識や、晦渋ながらも感覚の鋭さを秘めた表現技法に着目する。新感覚派との比較を通じ、自身の内面から必然的に生み出された表現を長年固守する姿勢を称賛し、読者を作者の夢の中に引き込む唯一無二の魅力を描き出す。

中島敦

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🎧 鏡花氏の文章 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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日本には花の名所があるように、日本の文学にも情緒の名所がある。泉鏡花氏の芸術が即ちそれだ。と誰かが言って居たのを私は覚えている。併し、今時の女学生諸君の中に、鏡花の作品なぞを読んでいる人は殆んどないであろうと思われる。又、もし、そんな人がいた所で、そういう人はきっと今更鏡花でもあるまいと言うに違いない。にもかかわらず、私がここで大威張りで言いたいのは、日本人に生れながら、あるいは日本語を解しながら、鏡花の作品を読まないのは、折角の日本人たる特権を抛棄しているようなものだ。ということである。しかも志賀直哉氏のような作家は之を知らないことが不幸であると同様に、之を知ることも(少くとも文学を志すものにとっては)不幸であると(いささか逆説的ではあるが)言えるのだが、鏡花氏の場合は之と異る。鏡花氏の作品については之を知らないことは不幸であり、之を知ることは幸である。とはっきり言い切れるのである。ここに、氏の作品の近代的小説でない所以があり、又それが永遠に新しい魅力を有つ所以もある。

鏡花氏こそは、まことに言葉の魔術師。感情装飾の幻術者。「芥子粒を林檎のごとく見すという欺罔の器」と「波羅葦僧の空をも覗く、伸び縮む奇なる眼鏡」とを持った奇怪な妖術師である。氏の芸術は一箇の麻酔剤であり、阿片であるともいえよう。

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