TRENDIA CLASSIC

記憶ちがい

辰野隆

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「久しぶりだな、全く。」

「久しぶりどころじゃないね、五十年ぶりだもの。」

こう云って、声を揃えて笑ったのは、何れも老人で、二人とも今年は算え歳の六十三である。この“久しぶり”という間投詞のような挨拶は、今しがた、二人が会ってから、もう二、三度繰返されていた。午食には既に遅く、夕飯には未だ早い半端な時刻に、二老人は都心に近い賑やかな街の小料理屋で盃を重ねている。

「先刻、電車の中で、どうして俺だってことが判ったんだい? こっちはまるで気がつかなかったんだが、向い合って腰をかけているお爺さんから、いきなりYちゃんじゃないか? と言われた時に、初めて俺は五十年前の記憶が一時に甦って来たので、Nちゃんだったね、と言ったら、君が、やっぱりそうだったか、と言ったね。」

「俺は俺で、腰を下して向い合った時から、Yちゃんだな、とは思ったんだが、腮の左側に見覚えの黒子が無いので、或は間違いではないかとも考えたが、結局思い切って訊いてみたのだ。」

「黒子は顔を剃る時に邪魔になるので、もう疾うの昔、薬で焼いてしまったよ。ところで、Nちゃん、君と判ってから、直ぐに思い出したことがあるんだが。覚えていないかな。俺たちが高等二年の時だった。その頃、尋常二年か三年に、飯田の雪ちゃんという可愛いお嬢ちゃんがいたのを忘れたかい?」

「覚えているとも、雨の日のことだろう。あれは忘れられないよ。」

「そうか、そいつは驚いたね。」

初夏の雨の日だった。休み時間に、運動場で遊べぬ少年少女たちは廊下を駆けまわったり、或はYやNのように、廊下の端に腰をかけて、両足をぶらんぶらんさせながら、灰色の空を物足らなそうに眺めたりしていた。Yがふと横を向くと、手を延ばせばとどく程の所に、色の白い円い顔の雪ちゃんが、片方の足を折って坐り、片方の足をぶらりと垂れて、これも余念なく、降る雨を眺めていた。

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