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TORENDIA

寅彦の遺跡

本文約1,100字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

高知にある寺田寅彦の旧宅跡地は戦災で荒廃し、かつての面影はほとんどない。しかし著者は、寅彦を慕う人々との交流を通じ、真の遺跡が建物や銅像ではなく、人々の記憶の中に生き続けていることを発見する。本作は、郷土の人々の語りや作品の情景を辿りながら、物理的な存在を超えて心の中に刻まれた寅彦の面影や、郷土の風景に投影された若き日の姿を綴る随筆である。

中谷宇吉郎

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🎧 寅彦の遺跡 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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高知へ着いた日に、すぐ寺田紀念館で、御親戚の方や、寅彦を敬愛する人たちと、座談会の準備がしてあった。

紀念館は、先生の旧宅のあとに建てられたもので、昔の名残としては、庭の一部と先生が子供の頃勉強された離れ部屋が一ツ残っているだけである。旧宅は全部戦災で焼けてしまった。

新しい紀念館は、戦後顕彰会の手で建てられたもので、中は全くのがらん洞である。遺品や先生ゆかりの品などは、全部戦災で亡われてしまったのであろう。庭もひどく荒れ果てていて、今は昔の面影も残っていないそうである。

こういう紀念館などというものは、国か地方かから、恒久的な補助がある場合でないと、なかなか維持出来ないもののようである。集られた人たち、即ち寅彦を愛する人たちの口から、そういう意味のことが、淋しげに洩らされていた。

しかし二日ばかり、そういう方たちと、寅彦の「遺跡」巡りをしているうちに、私は一つの発見をした。それは寅彦の遺跡は、高知市及びその近郊の至るところにあるが、それは建物や銅像の形ではなく、人々の心の中にある、ということである。

図書館長のK氏を含め、現在四人ばかりの手で、寅彦の郷土随筆の編集及びその考証の計画が進められている。その方たちと、ほとんどまる一日自動車を走らせたが、到るところで、若き日の寅彦の像が、この人たちの頭の中に蘇って来るのに、むしろ驚嘆の念を禁じ得なかった。

高知城の石垣のほとりには『花物語』の昼顔が今日もやはり咲いている。小学生の寅彦が「母にねだって蚊帳の破れたので作って貰った」捕虫網を肩にして、この城山の奥の、苔むした石段を下って来る。常山木の幹でとらえた見事な甲虫はいかめしい角を立てて虫籠の中にいる。そして美しい蝙蝠傘をさした母子に会うのは、この石段の下である。

街を一歩出ると、青田がずっとつづいている。そこには、寅彦の幼時の夢を破った虫送りの太鼓の音が、今は消えている。ただ「冬夜の田園詩」に民族的記憶の名残を止めた「キータヤーマ・ヤーケタ」の北山だけが、その向うに、昔ながらの姿を見せている。

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