TRENDIA CLASSIC

私の読書遍歴

中谷宇吉郎

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有名な人の読書遍歴をよむと若い人たちは、鼓舞されるよりも、畏縮してしまう方が多いであろう。例えば、清水幾太郎氏の『読書と人生』を読んでも、辰野隆氏の『忘れ得ぬ人々』中の谷崎潤一郎の中学時代の話をみても、びっくり仰天するばかりであろう。事実私もびっくり仰天しているのである。

中学の一年生頃から、『ファウスト』を読んだり、高等学校へはいる前から、原書の小説や専門書を、どんどん読破したりしているのだから、今の若い諸君には、まるで神話のような話である。しかしそういう人は、実は例外であって、誰でも真似の出来ることではない。

妙なことで自慢をするようであるが、私などは、読書には、きわめて晩熟であった。もっとも田舎で育ったものは、たいていそうであるが、小学校時代は立川文庫、中学時代は小説の貸本だときまっていたものである。講談の速記が、最高級の本であった。語学だって、中学の五年になって、イソップがやっと読めるくらいであったから、戦後学生の怠け者程度の力であろう。それでも大学を出た頃は、専門書ならばいわゆる原書を読むのに、そう不自由しなかったから、あまり早くあきらめてしまう必要はない。

本らしい本を初めて読み出したのは、高等学校へはいってからである。ピアノなどというものは、名前は知っていたが、中学時代には、遂に実物を見たことも、聴いたこともなかった。高等学校へはいったら、その本物があったので、急に文化生活に近づいたような気がした。

本もそのとおりで、急に講談でない本が、周囲にたくさん出て来て、どれも非常に珍しかった。たまたま四宮兼元先生が、哲学雑誌の編集者の地位を辞して、四高の先生になって来られ、その講義が非常に人気があった。そのせいもあって、急に学生間に哲学書が流行り出した。

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