TRENDIA CLASSIC

「もく星」号の謎

中谷宇吉郎

1 / 10

「もく星」号の遭難も、桜木町事件につぐ大悲惨事であった。この事件に私は、直接の関係は何もないが、航空機の遭難には少し因縁があるので、思いついたことを書き止めておく。

第一に、このマーチン機には、私は二度ばかり乗ったことがある。そして航空会社の人の話を真に受けて、これは非常な優秀機だと思っていたので、今度の事件の新聞記事を読んで、少し肌寒い思いをした。

去る二月二十八日にも、札幌行のマーチンに乗った。その日は、初めダグラスが飛んだのであるが、離陸後間もなく発動機に故障が起きたので、羽田に引き返し、マーチンに乗り換えたのである。ダグラスの方も、大分使い古した飛行機らしい。発動機の調子が悪いので、前日から修理をしていたそうである。当日もそのために出発が三時間もおくれて、やっと修理をすませて、すぐ飛び出したわけである。ところが離陸して、東京湾の上へ出たと思ったら、すぐ機体に妙な振動を感じて、金属的なへんな音が二、三回したと思ったら、右の発動機が一つ止ってしまった。

幸い四発であるから、飛行には差しつかえがない。しかし海の上で自分の乗っている飛行機のプロペラが、一つ止っているのを窓越しに見るのは、あまりいい気持のものではない。こういう時に、飛行場へ引き返そうとして、すぐに旋回をしてはいけないのである。あの程度の大型飛行機になると、旋回で高度がかなり落ちるので、低空で旋回することは、大いに危険なのである。もちろん操縦士は、十分心得があるので、そのまま直線飛行をつづけていた。これなら安心だと思ったが、厄介なことに、発動機が一つ止っているのと、超満員の乗客だったもので、飛行機がなかなか上昇してくれない。そのままで十分近くも飛んで、やっと必要高度がとれて、無事飛行場へ引き返すことが出来た。しかしその間、やはり気味は悪かった。それからマーチンに乗り換えたわけであるが、今だったら、皆が少し尻込みをしたかもしれない。安全率と心理作用とは、別問題である。

中谷宇吉郎の他の作品