身辺雑記
本文約8,700字 ・ 読了時間 約18分
あらすじ(AIが作成しました)
四十代から執筆を始めた著者が、自身の随筆集『日本のこころ』をめぐる反響を綴る。同書に寄せられた如是閑の評への歓喜を語り、自身の英国留学体験や、「科学」という言葉の解釈をめぐって生じた周囲との認識の齟齬を分析する。さらに、湯川秀樹からの手紙を引用しながら、老荘思想と科学的思考の関係性や、現代日本における文化の受容のあり方、いかがわしい科学的言説に対する懸念などを論じる。
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一
私がものを書き出したのは、四十くらいからのことで、まだ十二、三年にしかならない。それにしては、ずいぶんたくさん書き散らしたもので、曠職のそしりは、所詮まぬかれないものと、内心観念している。
しかし少しくらい、あるいは大いに、評判が悪くなっても、それを償ってあまりあるくらいの歓びがある。どんなに小さいものでも、ものを創る歓びは、何ものにも換えられない。実験が一段落ついて、何か瑣細なしかし新しいことがらが分った時と、少し気に入った随筆を一篇書き上げた時とは、同じような興奮と安堵とを感ずる。どうせ人間百年は生きられないのであるから、こういう歓びを享受しなくてはつまらないと、すっかり度胸をきめて、この頃は悪びれずに書くことにしている。
ところが、最近そういうささやかな歓びとは、比較にならぬ大歓喜にめぐり遭って、いささか呆然とした。それは『あるびよん』の九月号に載った、如是閑先生の「イギリス式日本のこころ」である。褒められたといえば自惚れになるが、私が現代の日本人中最も尊敬している人の一人である如是閑先生が、非常な好感をもって、私の本について八頁にも及ぶ長文のものを書いて下さったことを、冥加の至りと感じている。ものを書き出してから十数年の間に、あんなに嬉しかったことはなく、また今後もないことだろうと思う。嬉しかったのだから、悪びれずに喜んで、こういう雑記を書くことにした。