本文へ移動
TORENDIA

救われた稀本

本文約13,200字 ・ 読了時間 約27分

あらすじ(AIが作成しました)

物理学序説は、筆者がかつて助手を務めた恩師による未完の草稿をまとめた著述である。書斎の中から講義原稿の裏側に書き残されていたこの草稿は、科学の本質を独自の見地から論じ、読者の思索を誘発する内容を持つ。電子の性質や時空間の概念など、当時の物理学界の潮流に対し、深い哲学的教養を持つ科学者の立場から鋭い示唆を与える。著者が自身の研究体験に基づき、人間が作り上げた学問としての物理学を考察した本書は、学問を愛する人々の理解を深める一冊である。

中谷宇吉郎

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 18

この書は未完であり、かついわば草稿であって、まだ十分な推敲を経たものではない。しかしこの書は、わが国では類例の少い独自の著述である。このままの形でも、真に学問を愛し、科学の本質を知りたいと願う人々に、一度熟読をすすめたい本である。

終戦直後、九州のある友人から、むつかしい質問をうけたことがある。それは公共的な意味で使いたい紙の手持ちが少しあるが、それを新生日本の糧として残すという意味で、本にして少数の人に配っておきたい、その目的に適うような本を、明治・大正・昭和を通じて一冊だけ選んで貰いたいというのである。

これはずいぶんむつかしい話であるが、いろいろ考えあぐんだ末、結局私はこの『物理学序説』を推薦した。ずいぶん大胆な話であるが、私の知っている範囲内では、そういう無理な註文に対しては、外にいい考えが浮かばなかったのである。実はこの『物理学序説』には私は前から少し因縁のようなものがあった。この原稿は危く誰の眼にもふれないで、湮滅してしまう危険がたぶんにあったのであるが、幸運にも全集編纂の時に、世に出ることになったのである。

この原稿は、岩波書店で昔『科学叢書』というものが計画された時に、そのうちの一冊として書き始められたものである。全集編輯者の調べられたところによると、大正九年(一九二〇)十一月十二日に稿を起し、予定の三分の一余りのところで中止されて、未完結のまま残されていたものである。先生にこういう意図があったことは、初めは誰も余りよく知らなかったようである。

中谷宇吉郎の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本