TRENDIA CLASSIC

小さい機縁

中谷宇吉郎

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今年の六月、本土爆撃がいよいよ苛烈になって、東京は大半焼け、横浜も一日の猛爆で、全市が一遍に壊滅してしまった頃の話である。

鎌倉で或る機会に里見氏を訪ねた時に、狩太にある有島農場の話が出た。あの農場はもとは里見さんの令兄故有島武郎氏の農場であった。有島さんはその頃抱懐されていた主義に基いて、あの農場を当時の小作人たちに無償で開放された由である。その開放の方法がちょっと変っているので、普通の地主の場合のように分譲されたのではなく、土地を小作人たちで共有するような制度が採られた。そして爾来二十余年、この狩太村の農場は有島農場と呼ばれ、その時の制度がずっと今日まで守られて来ているのである。

鎌倉は初めのうちは、別に理由があるわけではないが、何となく空襲の圏外にあるような気持がして、東京から逃れて来た人々も、前からの住民たちも、幾分暢気にかまえていたようである。ところが真昼間B29一千機によるという横浜市の猛爆撃を目の前に見て以来、急に皆の気持が変ってしまった。

一編隊が横浜の真上と思われるところへ来て、一斉に爆弾と焼夷弾らしいものを落すと、さっと反転して帰って行く。すると次の編隊がすぐその後に続いて来て、同じことを繰り返す。その度に地上からは真黒い煙が立ち昇って、その煙がどんどん拡って行く。そういうことを、白昼堂々と何時までも繰り返している姿を現実に見ては、誰もが慌てるのも無理はない。今こういう話をしていても、明日はすっかり焼き払われるかもしれないし、或は今日の午後かもしれない運命なのである。

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