去年の暮のことである。T映画会社の専務とかいう方が見えたというので、会って見たら、その用向きというのが、『雪』を映画にして見たいがどうかという話だったので、少々驚いた。
もっともよく話を聞いて見ると、ちょっと面白いので、人工雪の結晶が顕微鏡の覗野の中でだんだん生長して行くのを活動にとって、それを主眼にして、外に少し研究の雰囲気をとり入れた文化映画が作りたいという話なのである。
「実は社の文化映画部の者が貴方の『雪』を読んで、大変面白いから是非一つこれを作りたいと言うのでしてな。どうも外国の文化映画がますます良くなって、何とかして独逸なんかの物に負けないような奴を一つ作りたいのですが、なかなか巧いものがなくて困っているんです。下手に立派な器械の場面だと思って撮ると、独逸製のマークがはいっていたりするようなことがあると困りますからね。その点『雪』の方なら大丈夫ですからな」という話であった。
どうもなかなか油のかけ方が上手である。こういう風に巧くおだてられるとすぐ降参してしまって、それでは一つ協力して何とかやって見ましょうということになった。
もっともこれは本当のことを言うと、私の方にとっても、大変好都合な話なのである。それというのは、低温室内の人工雪の方の仕事も段々進捗して、この頃は巧く装置内で雪の結晶を固定して置いて、装置の外から顕微鏡写真がとれるようになって来たのである。今迄は大抵は雪の結晶が出来上るのを待って、それを取り出して、低温室の片隅に設置してある顕微鏡の下へ持って行って、写真を撮っていたのであるが、それでは生長の途中の色々な段階での形が分らない。それでどうしても生長途中の形を知る必要がある時には、途中でちょっと外へ取り出して、大急ぎで顕微鏡写真を撮って、又装置の中へ戻して、生長を続けさせるという風な姑息なことをしていた。