TRENDIA CLASSIC

御殿の生活

中谷宇吉郎

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御殿というのは、私の田舎に近い城下町の昔からの殿様の御殿のことである。封建時代の殿様の生活から、現今の東京における華族の生活に移る間に、田舎の旧藩下で、御殿の生活の名残りを送った殿様が、どこにも沢山あったことと思われる。

その城下町も、今では急激に発達した輸出絹布の工場が沢山出来て、小さい工場町の感じが見えるのであるが、私の小学校時代には、旧い伝統の香りに満ちた薄暗い北国の田舎町であった。人々は昔ながらの習慣を守って、旧藩主の別邸を御殿と呼んでいた。そしてその広壮な御殿を繞った露路のような狭い町に、活動と野心とから遠のいた静穏な生活を続けていた。

町を切って流れる川が真直に折れる処の一隅を占めて広い御殿の敷地があって、その門の真向いには、Mという旧い家老の家があった。その前の道はちょうど川で切れているために、御殿の前だというのでその城下町に不似合な広い道をつけてあったけれども、昼でも通りがかりの人というものは一人もなかった。Mの家や、それに続いた旧士族の家々の長い土塀は、北国の灰色の空とその附近に多い旧い公孫樹のために、閑寂の境を通り越して、廃墟に近い感じを与えていた。私の家はそのような町からさえもずっと離れた片田舎だったので、縁続きになっているMの家に預けられて六年の小学教育を終えた。Mの祖父は引き続いて家令として、旧い御殿を守っていた関係上、その六年間の生活はほとんど御殿と終始していた。そして明治になって後の封建時代の生活の名残りと深い接触をもった機縁が今の追憶となっている。

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