TRENDIA CLASSIC

文化史上の寺田寅彦先生

中谷宇吉郎

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現代のわが国のもった最も綜合的な文化の恩人たる故寺田寅彦先生の全貌を語ることは、今日の日本のもつ教養の最高峰を語ることであって、単に物理学の部門での先生の一門下生たる自分などのなし得るところではないかも知れないが、何人がその任に当っても恐らく非常に困難なことであろう。

先生は、外見上は全く異なる二方面において、今日のわが国の文化の最高標準を示す活動を続けられていた。その一は物理学者としてであって、帝国学士院会員、東京帝大教授としてのほかに理化学研究所、地震研究所、航空研究所において、それぞれ研究室を持ち、多彩の研究をほとんど間断なく発表されていたのである。他の一面は漱石門下の逸材吉村冬彦としての生活であって、その随筆もまたわが国の文学史上に不朽の足跡を止めている。この一見全然相反する二方面の仕事が先生の場合には渾然として融合していたのである。先生はある時、自分にその点について「科学者と芸術家とは最も縁の遠いもののように考える人もあるが、自分にはそうは思えない。趣味と生活とが一致しているという点ではこれくらい似寄ったものはない」と語られたことがあった。科学も芸術もともに職業とせずして生活とされていた先生の頭の中では、この両者は実は区別が出来ていなかったのであろう。

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