雪の話
本文約4,000字 ・ 読了時間 約8分
あらすじ(AIが作成しました)
札幌で冬を迎えた物理学者が、雪の結晶の研究に没頭する過程と山小屋での体験を綴る。古今の雪の観察記録や海外の雪の結晶写真との比較から、雪の科学的意義を考察する。さらに、十勝岳中腹の白銀荘で過ごす過酷な自然環境下での観測を通じ、雪の繊細な美しさや、水が固体として存在する特殊な環境下での生活、それがもたらす自然や人間生活への概念の変化について描く。
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一
この頃新聞を見ていて気の付いたことは、スキーと雪の記事がこの数年来急に増してきたことである。主なものはスキー地の広告のようであるが、その他に純粋に雪と冬の山とを讃えるような記事もかなり沢山あるように思われる。何でも東京では山の雑誌が十種ばかりも出されていて兎に角そのどれもが刊行を継続されているし、雪の朝は郊外電車がスキー車を出すという噂さえきくほどである。誰かがいわれたように氷雪を思慕するというような心情が吾々のどこかに秘められていて、その一つの現われと見られる現象であるかも知れない。もっとも日本人が脂肪質を沢山喰べ、毛織物を一般に用いるようになったためかとも考えられる。
札幌へきてから今年で五度目の冬を迎えるのであるが、最初の冬は話に聞いていた北海道の寒さに気兼ねをして神妙に控えていたが、案外凌ぎよいので内心安神した。広い埃っぽい道路が白いコンクリートで固められてかえっていい位に考えていたし、硼酸の結晶のようにきらきら輝いた雪の上に、雪下駄の鋭くきしむ音も案外快く耳に響いた。ところが二度目の冬になって、これはやはり相当な寒さであると感じるようになった。最初の冬は寒さの感じ方に馴れなかったためらしい。この二度目の冬を越すともう大丈夫で、そろそろ雪の研究でも始めようかという気になった。