リチャードソン
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あらすじ(AIが作成しました)
ノーベル賞物理学者リチャードソン教授の研究室に一年間留学した著者が、その生活と研究の様子を綴る。教授は週に一度しか登校せず、実験指導は助手に任せるなど非常に独特な教育方針を採るが、研究室には知識が蓄積され伝統が築かれている。著者は、教授の着実かつ実践的な研究態度や、家庭での穏やかな私生活に触れ、英国的な学者の型を伝えると同時に、卓越した能力を持つ人物の日常を穏やかな筆致で描いている。
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私がリチャードソン先生の実験室で働いたのは、一九二八年の四月からまる一年間に過ぎなかったので、決して先生をよく理解したとはいえないであろう。しかしわずか一年の間にリチャードソン先生をその代表と見るべき英国の学者の一つの型から受けた印象はかなり強いものである。それは結局のところ生活と研究とが完全に一致しているということである。そして英国という国の雰囲気は、そのような人のそのような生活を許容しておくことが出来るということであった。
リチャードソン先生は私の留学の頃よりも大分前から英国王立学会の研究教授として、倫敦のキングスカレッヂで研究実験の指導をしておられ、今も引続いてその地位にあるのである。この教授というのは Yarrow Research Professor というので、講義は全然なく、日本でいえば大学院に当る学生達と若い講師や助手等の職員と外国からの留学生等の研究実験の指導だけが仕事であったようである。その頃の研究の題目は、分子スペクトルと、長波長X線と、前からの仕事でノーベル賞受賞の研究となった熱電子の仕事の続きとが主なものであった。そしてその下で働いていた学生や助手達は九人位であったかと思う。
そこで私が何よりも一番に驚いたことは、リチャードソン先生は普通一週一回金曜日に、しかも午後二、三時間位しか学校へ出てこないということであった。そしてその一週一回の登校の場合でも、大抵は自分の室にいるので実験室へ顔を出すということは極めて稀であった。何でも午後四時頃までには家へ帰って御茶に間に合わさなければならぬので、稀に実験室へ顔を出しても非常に急いでいて、何か一言二言喋ってさっさと引き上げてしまうのであった。同じ室にいた印度の留学生でラマン教授の御弟子が、「そらまたプロフェッサーが、“Can I help you in one minute?”といいにきたぞ」といって笑ったものであった。