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TORENDIA

ミス・マシュウの新職業

本文約2,900字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

音楽の家庭教師だった父を亡くしたミス・マシュウは、低賃金の労働と困窮する生活に追い詰められる。夜の街で光り輝く広告のイルミネーションに身を晒す中で、彼女はかつて見聞きした知識を頼りに、自らのキスを金銭と引き換える新たな職業を思いつく。無意識のうちに抑圧されていた生存への渇望を解き放った彼女は、周囲のボーイ・フレンドたちを助手として引き連れ、街頭で自身のキスを公然と販売する活動を開始する。

岡本かの子

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🎧 ミス・マシュウの新職業 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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ミス・マシュウが素人のままで女の媚が金に換る過程をはっきり掴めたのは父親が死んだその夜だ。

父親はアルバート・ホールのオーケストラに出たことのある笛吹きだった。頽齢で楽団を辞職させられてから僅の年金では暮しに足りなくて音楽の家庭教師をした。その職業も有り無しなので娘も働きに出た。

母親はマシュウが七つの時、仏蘭西から来た小唄うたいと駆落ちして行方が知れない。父親は死ぬとき娘にあの母親には盗癖があって、ふだん困らされたものだ。若しあの小唄うたいが今でもあの母親と同棲しているとしたら、あいつはしじゅう近所の店屋から苦情を持込まれて弁償ばかりしているに違いない。そう思うとおかしくて仕様が無いと言ってけらけらと笑って、いつも寝る時のように自分で蝋燭を吹き消して死んで行った。電燈は料金の不払いからとっくに止められていた。

女タイピストの週給が十志、デパートの店員の週給が十五志だ。何を勤めても素人女が独立して喰べられる職は無い。欧洲大戦は英国に女の戦争中の働きを感謝させて選挙権を与えさせたが代りに沢山の男を殺して英国の女に結婚の望を少くさせた。有り余る女がただ時間潰しのためと化粧代と電車賃を得るがために僅な職業にさえ血眼の奪い合いをする。競争に疲れて骨だけになる――。ついに髭の生えた中性の老婆になって慈善病院で死んで行く――囚人の拵えたレデー・メードの柩が待っている。

ミス・マシュウは、父の死骸の傍の闇の中で鼻の下に髭の生えた泥棒姿である自分の将来を幻覚し、びっくりして表へ出た。表には鋪石の嵌め込み硝子の広告板から突き上げ、飾窓の口から吐き、高い広告塔から浴せる光がある。それは嗅ぐべきものとしての香水、見るべきものとしての劇場、飲むべきものとしての酒をほとんど命令的に規定して相手の生活程度如何に係らず自分で自分を押しつける、すこぶるエゴイズムの光ではあるが、いま自分には一番縁の遠いものを意味する光ではあるが、光であることは有難い。闇以外のものであることが有難い。ミス・マシュウは夜の街の広告燈の最も十字光塔である街の四つ角に引き寄せられ、そこで暫らく光の串刺しの上に身体を晒した。

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