TRENDIA CLASSIC

さくらんぼ

岡本かの子

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さくらんぼうは彼女の唇を熱がるが、彼女の唇はさくらんぼうに涼もうとする。

さくらんぼうを三粒ほど束ねて女は男の頬を叩いた。その時男の決心がついた。彼女がそれを思い出している時小さいみか子が金魚にたべさせようとしてさくらんぼうを玻璃鉢のなかへ一粒いれてやった。金魚はそれを口で突つくが喰べられない。みか子はもどかしがり鉢の側で「ああん、とお口を開いて開いて」と教えている。彼女はそれを見ていて何故か涙ぐんだ。

三味線の稽古の師匠をしている彼女のおふくろはさくらんぼうの籠を膝の上に抱えた。

「他所さまへあげるのにはちっと整理をしなくては」

熟し過ぎた皮の痛んださくらんぼうを拾い出しておふくろは口の中へいれて仕舞う。女弟子の酉子がこれを見て笑う。

「お師匠さんのお腹はまるでゴミ箱ね」

「はい、はい、そうですよ」

おふくろは一向さからわ無い。余念なく籠から痛んださくらんぼうを選って喰べ続ける。おふくろも意地が無くなったと彼女は思う。

彼女の部屋。ピアノの上。さくらんぼうの一握が枇杷と並んで載っている。さくらんぼうはいう「こうやっていつまでも置かれてあの男の写生のモデルにされるのも宜いけれど、夜になると鼠が怖くてね」枇杷は答える「美しいものは患が多いのですよ」画架の上に小さい画板が載っている。画はまだ、ほんの少ししか出来ていない。

外は夕暮近いのに明るい昼がいつまでも続くもののように柳の虫売りが切のよい声で虫の効能を唄って行く。

ここは都会からそう遠くない郊外の町村だ。

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