本文へ移動
TORENDIA

かやの生立

本文約12,600字 ・ 読了時間 約26分

あらすじ(AIが作成しました)

かやは、血の繋がらない祖父母と婆やのお常と共に広い屋敷で暮らす。ある日、近隣の村から笛吹きの甚三が訪れ、その姿とかすかな笑みに触れたかやの心には、言葉にできない衝動が突き上がる。やがて甚三は妻を連れて逐電するが、後に妻が病で亡くなると村へ戻り、再び哀切な笛の音を夜の闇に響かせる。周囲の大人たちの複雑な事情や運命を背景に、かやが少女から早熟な感受性を育んでいく様子を描く。

岡本かの子

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 17

一

「かやの顔は、眼と口ばかりだな。どうも持参金付きの嫁入でもせにあならねえかな」と云ったりしていつも茶の間の長火鉢の側に坐って、煙草管をぽかんぽかんとたたいてばかり居る癖の、いくら大笑いに笑っても、苦笑いの様な表情しか出ないこのお爺さんが、かやの本当の祖父でないことは、このお爺さんが、時々――半年に一度くらい――寒い季候には茶色のむくむくした襟巻と、同じ色のとぼけた様な(御隠居さん帽子)を冠ったり、暑い時分にはお爺さんの胸板の辺によれよれして居る黄色っぽい幾筋かの皺が透いて見えるほどな、薄いぴらぴらな白地の着物や、光る羽織を着て、村にはまだ一台しか無いという「人力車」を、「由」という藁屋の息子から車夫になったという若者が、うちの長屋門の前へ、曳き寄せるのにひらりと乗って、

「ではな、二三日実家を見廻って来るからな」と云って、何となく機嫌好さ相に其処へ見送りに出て居るうちの者達にぼっくり首を下げて、やがて往来に添って建ち並んで居るかやの家の土蔵の尽きた処から曲って這入る横道へ、威勢よく人力車に隠れて仕舞うのである。この様なことにつけて、このお爺さんが本当の祖父でないことをかやも知って居たのである。そればかりでなく、かやの家には今一人、これと同じ種類のお媼さんが居たのである。お媼さんは薄い髪を切り下げにして幅のせまい黒繻子の丸帯を、貝の口に結び上げた、少し曲った腰を、たたきたたき、お爺さんが実家へ帰って留守の夜などはとりわけ広い家のなかをぐるぐる見廻って、下男や下女に、内外の戸締りなどを厳しく云うのであった。

岡本かの子の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本